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五輪で味わった緊張

2018年1月27日日経新聞夕刊に掲載されたものです。

 2月9日の平昌五輪開幕まで2週間を切った。僕はフリースタイル競技4種目の解説のため現在、多くの選手やコーチから話を聞いている。今月20日にカナダでワールドカップ(W杯)初優勝を飾った堀島行真選手(中京大)の話しも電話で聞くことができた。昨年、堀島選手はフリースタイルスキー世界選手権のモーグルとデュアルモーグルの両方を制した。これは過去にも成し遂げたことのない偉業である。
 あれから彼がどのように過ごしたかを一通り聞いた後、「がんばって」と結んで電話を切ろうとすると反対に堀島選手に質問された。
 「オリンピックって緊張しますか?」
 彼らしいまじめな問いを受け、僕は自分の経験を伝えることにした。

 僕が最初に出場した冬季五輪は1994年リレハンメル大会である。国内の予選を勝ち抜き、海外での成績も考慮されて代表に選出された。とても厳しい戦いであった。しかし安堵するのもつかの間、選ばれたことで新たな緊張をおぼえた。
 その緊張を解くために、僕はこう考えた。それぞれの国の強豪が集う点で、五輪はW杯と変わらない。だが違いもある。W杯で各国に割り振られる出場枠は、その国の選手が活躍することによって増えていく。強国になると最大8人の選手が出場できる。五輪では強国といえど一国最大4枠しかもらえない。通常のW杯では総勢60人ほどの選手がいるが、五輪は40人。競争相手の少ない五輪はW杯より楽なのではないか、と自分に言い聞かせたのである。

 実際に五輪のスタート地点に立ったとき、それが大間違いであることに気がついた。観客の数が違うのだ。モーグルはW杯といえども500人ほどの集客がせいぜいだった。それが五輪になると10倍以上。
 観客は僕の前の選手の滑りを目で追っている。スコアが出て、次に僕の名前がアナウンスされる。1万もの瞳がこちらを向く。無数のカメラも僕の目に入る。
 すっかり舞い上がり、頭が真っ白になった。自分の滑りなどできるものではない。ミスを連発して27位で予選落ち。それが僕の最初の五輪であった。
 五輪の注目度は他の大会をはるかにしのぐ。平昌が初の五輪となる堀島選手には、そこから目を背けるのではなく、受け止めた上で自分のパフォーマンスに集中してもらいたい。健闘を祈っている。

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