見出し画像

デナリ山トイレ事情

2017年7月29日日経新聞夕刊に掲載されたものです。

 先日、米アラスカのデナリ国立公園から封筒が届いた。中には、ピッケルにトイレットペーパーを巻いたイラスト入りの旗があり、その旗にSustainable Summits(持続可能な山頂)と書いてある。
 デナリ山は国立公園の一部であるため、登山者は申請書提出とルール説明受講のため、レンジャーステーションに立ち寄る。6月下旬にデナリ登頂を果たした僕らの隊も、登山前にこの説明を受け、黒いふたのついた緑色のバケツをもらった。トイレである。

 登山には大なり小なりトイレ問題がつきものだ。エベレストにはシーズン中はベースキャンプに千人以上も滞在する。政府はサガルマータ汚染管理委員会(SPCC)という機関を設置して、各隊が汚物を自然分解できる高度まで下ろしているかどうかに目を光らせている。富士山でも10年以上前からバイオトイレがそれぞれの小屋に設けられている。
 デナリにも同様の問題がある。緯度が高く、汚物を氷河以下まで下ろさなければ自然分解しない。これまでは特殊な袋に汚物を入れて指定のクレバスに捨てていたが、それも許容範囲を超えたらしく、ここ数年はデナリ山系からの流水に大腸菌が混じっていることが分かった。そのため今年から緑バケツに自然分解可能な袋を入れて用を足し、ステーションに持ち帰るように呼び掛けている。わが隊にも1人につきバケツ1つ、ベースキャンプ用に1つ、合計5つが配られた。

 デナリでは食事や燃料などの荷は自分たちが負う。それで入念な荷の取捨選択をするのだが、自分の体から出たものを持ち帰るとなると登山終盤になってもそれほど荷が減らない。思いがけない現地政策の変更により、わが隊の戦略も変更を迫られた。トイレットぺーパーの消費を少なくする。バケツは共用にして、満杯になったらキャンプに残し、下山時に回収する。試行錯誤の末、縛り方一つで袋を長く使えることがわかった。それでも途中バケツから中身が漏れたり、発酵して悪臭を放ったりで苦心惨憺、どうにかすべてのバケツをステーションにまで持ち帰った。

 今回送られてきた旗は「あなたはすべてのトイレを持ち帰りました」という証である。デナリには登頂証明書はないがトイレを持ち帰った証明書を出してくれる。次世代の登山のためにきれいな山を残しておく。行動をもってその理念への賛同を表明できたと思い、僕は誇らしげに旗を眺めた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?