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ユーモアと危機管理

2018年4月7日日経新聞夕刊に掲載されたものです。

 先日、僕らはサッポロテイネスキー場でスキーキャンプを開いた。小学生から高校生までを参加対象とするこのキャンプで、父の三浦雄一郎が毎回話す逸話がある。それは青森出身の父の友人である3人の猟師さんが知床の流氷でアザラシ猟をしたときの話。 

 氷の下を泳ぐアザラシは時折、息継ぎのための流氷の隙間から顔を出す。物影に隠れた猟師は、そこを狙って鉄砲でアザラシを撃つ。
 そのときも、3人の猟師さんはアザラシが顔を出すのを腹ばいになってじっと待っていた。それでおなかが冷えたのか、やがて彼らは便意をもよおし、仕方なくその場で用を足した。さらにしばらく待ったが、アザラシはなかなか顔を出さない。ふと見ると、先ほどした自分たちの大便がコチコチに凍っている。
 あんまり暇なので、3人は凍った便を蹴飛ばして、だれが遠くまで飛ばせるかというコンテストを開催した。3人同時に蹴ると、便はきれいに並んで氷を滑っていく。すると、その先にちょうどアザラシが息継ぎのため顔を出し、便の1つがアザラシの口に「ポカッ!」とはまってしまった、とそういう話である。これを聞くと子供たちは大笑い。父は「気をつけてスキーをするのだよ」と語って話を終える。

 その後、僕は新潟県のかぐらスキー場のキャンプに参加し、スキー場の中腹にある山小屋に泊まった。ニセコ雪崩調査所所長の新谷暁生さんや、僕たちミウラ・ドルフィンズの古くからの仲間もいた。その場で猟師さんの逸話を聞かせたところ、みんな「雄一郎さんは40年前からその話をしているよ」と、口をそろえた。
 父は同じネタで子供達を笑わせていたわけだが、そこにはとても大事なメッセージが含まれている、と新谷さんは言う。それは「危機管理にはユーモアが重要だ」ということ。安全管理の鉄則は自分の頭で考えることにあり、そのためには笑うだけの気持ちの余裕を持つことだ、と新谷さんは語るのである。

 ユーモアは又、人とのコミュニケーションを円滑にする。新谷さんは日ごろ、ニセコのスキー場でスキーヤーやスノーボーダーに雪崩の危険を知らせている。「危ないですよ」とただ伝えるのではなく、相手を気遣い、ユーモアを交えて話しかける。そうすれば相手の気持ちがほぐれ、こちらのメッセージも伝わりやすい。新谷さんは昔、そのことを僕の父から学んだといった。ユーモアは生死がかかわるときこそ必要だと。

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