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山は快適に過ごそう

2017年5月13日日経新聞夕刊に掲載されたものです。

 先月、新潟の神楽スキー場でシーズン終わりのスキーを楽しんだ。もう春だから寒くもあるまいと、薄手のトレーナーの上に春用の薄いウエアを着ただけの軽装で臨んだが、あいにくの雨。体はびしょびしょになり、寒さに体が震えた。
 雨が降るほどの気温だから氷点下ではない。せいぜい気温は4度か5度だったろう。それでも身が震えるほどの寒さを感じた。ぬれているからだ。水は空気に比べて25倍の熱伝導率があり、水分は温度を体に伝えやすいのだ。同じ熱いのでも、乾燥した空気の中では100度のサウナにも耐えられるが、風呂は42度でも耐えがたい。冷たいのも同じである。

 エベレスト山頂は年間の平均気温がマイナス30度、平均風速は30㍍。体感温度は風が1㍍吹くたびに1度下がるので、山頂の平均体感温度はマイナス60度となる。いかにも寒そうだが、この時装着するアウターダウンと呼ばれる防水性と透湿性を備えた生地はどんな風も遮断し、内部に軽い羽毛のダウンで空気の層を作るため布団に包まれたように暖かい。環境を想定して装備を整えれば寒さには対処できる。しかし、春スキーや夏山のように寒さとは無縁の季節には油断が生じる。実際、低体温症などの事故は夏山に多い。

 寒暖差にとどまらず、平地で過ごす日常と、山というアウトドアの間に思わぬずれが生じることがある。以外にも過酷なのは日常のほうだった、という例も。駅の階段の上がりはその一つだろう。普段から山に登っている僕でも深い地下鉄の駅から地上まで一気に階段を上がるとかなり息が切れる。
 一般人が駅の階段30~40段を上がるペースを鹿屋体育大の山本正嘉教授が計測してみたところ、20~30秒であった。1つの段を16㌢とすると高さは5~6㍍である。これは登高スピード1時間毎700~900㍍というペースであって、富士山ならば吉田口から山頂まで2時間以内で登ってしまうペースだ。富士山登山を3時間で登れば早いといわれる。駅の階段上がりがどれだけハイペースであるかがわかる。

 いざ山に行くとなると「駅の階段でも疲れるのに」「寒いの苦手」などと敬遠する人もおられるようだ。もったいない話である。ちゃんとした装備をそろえ、余裕をもって計画を立てれば、山は楽しく快適な場所となる。新鮮な空気を吸って、素晴らしい眺望を楽しめる。これからのお勧めである。

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