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山岳医療を科学する

2019年2月16日日経新聞夕刊に掲載されたものです。

 1月のアコンカグア遠征で、登頂を目指す僕の父、三浦雄一郎に対してドクターストップをかけたのは、チームドクターの大城和恵先生であった。
 大城先生にはこれまで何度かこのコラムに登場してもらっているが、その内容は、主に山岳地帯で医療を提供する国際山岳医としての立場のものが多かった。しかし、先生の活動はそれだけにとどまらない。
 山岳救助とその安全のための知識や技術の普及を目的とする国際山岳救助協議会(ICAR)に所属する大城先生は、欧米の救助技術や情報を全国の警察と共有しながら、救助活動のアドバイスや応急処置の指導にあたっている。大学の講師も務める先生の活動は幅広いものだ。

 とりわけ、めざましい成果を示しているのが北海道警の低体温症遭難への取り組みである。山の遭難による死亡事故には低体温症が原因のものも多く、北海道はその割合が全国ワーストを占める。
 低体温症は体の深部温度が35度以下になる状態。予防には隔離(外気からの隔離)、保温(熱を保つ)、加温(温める)が重要とされている。しかし2010年に大城先生が介入するまで、北海道地方の救助現場は医療面の配慮が十分とはいえなかった。救助する側にも、体温低下を防ぐ方策が行きわたっていなかったのである。

 そこで先生は道警と協力し、山岳救助隊や一般登山者が携帯可能な資機材を組み合わせて救助に当たるやり方を確立し、周知に努めた。
 救助隊がブルーシート、銀マット、エアマットや寝袋を携行し、しっかりと要救助者を包む。これが肝要。一般の登山者でも、ツェルトや登山ザック、レスキューシートなど手持ちの山道具で体を包めば、十分に効果的な低体温症レスキューとなりえる。大城先生はそのことを証明し、道警式の低体温症ラッピングとして現場に普及させた。驚くべきことに、その後の低体温症救助での生存率は90%近くにまで上昇しているという。

 「搬送が救助活動だった時代は終わった」と大城先生。「現代の山岳救助では、隊員の安全、遭難者の救命、後遺症の軽減を図る救助技術が進歩してきた。山岳医療を科学としてさらに進歩させ、多くの人が実践できるように伝える努力をしていきたい」と決意のほどを聞かせてくださった。

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