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シェルパと政府の溝

2014年5月10日日経新聞夕刊に掲載されたものです。

 4月18日にエベレストのアイスフォールにて起きた崩落事故により、13人の死者が出た。また現地の決死の救出作業にもかかわらず、現在でも引き上げられないシェルパが3人氷の下にいるという。
 今回の事故により、シェルパ達はアイスフォールの安全性、アイスフォールで亡くなったシェルパへの追悼の意、そして改めてエベレストで働くシェルパの安全とその保障の見直しを各隊に呼びかけ、事実上、今期のネパール側からのエベレスト登山はすべて中止となった。
 しかし、エベレストを大きな観光資源と見込んでいるネパール政府は、まだ今期エベレスト登山は有効とした上で、今年登山許可を得た登山隊に対して今後5年間の猶予を与え、これからも登山の継続を各国の登山隊に求めた。

 シェルパは高所に強く、荷揚げ、ルート工作、登山ガイド、コック等、ヒマラヤ登山の中心的な労働力を担ってくれる。
 今回の事故ではネパール政府が見込む登山収入と現場で働くシェルパとの間に横たわる大きな溝が浮き彫りになった。エベレスト登山隊はネパール政府の3万~9万ドル(約300万~900万円、人数による)もの高額の入山料を支払い、エベレスト登山を行っている。そして毎年30隊以上がエベレストを目指すネパール政府にとって、エベレスト入山料だけで300万ドル以上もの収入を得ている。しかし、今回の事故によりネパール政府から亡くなったシェルパに支払われたのは4万ルピー(約4万円)の葬式経費と災害経費の50万ルピーのみであった。

 シェルパがいくら高所に強く登山技術や道具が発達しても、アイスフォールに内在する危険はヒラリーとテンジンが最初に登った約60年前となんら変わらない。昼夜の温度差が激しいアイスフォールでは頻繁に崩落が起き、温暖化が進んだ現在はむしろそのリスクは増しているともいえる。
 それでもシェルパにとって1シーズン、エベレスト登山隊で働くとネパールの平均年収の10倍以上稼ぐことができる重要な収入源でもある。彼らはネパール政府に対して、保障や安全性を含め13項目にも及ぶ嘆願書を送り、現在ネパール政府とシェルパの間での交渉が進んでいるが、不穏な空気も漂う。

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