見出し画像

気圧と体の関係

2014年10月11日日経新聞夕刊に掲載されたものです。

 今週初め、台風18号が本州を襲った。妻が息子のために買ったガラス細工の気圧観察器は外気圧が低くなることによって内圧に押されて、中の水があふれんばかりになっていた。

 気圧変化の影響が最も顕著なスポーツはスキューバダイビングと登山だろう。酸素補給は機器に依存し、水圧で大きな圧力がかかるスキューバは、集中的な講習を受けて十分な知識と経験を積み、試験に合格して初めてダイビングライセンスが取得できる。
 一方、登山ではダイビングとは反対に標高が高い山に登ることで気圧は低くなる。僕たちが呼吸をしているメカニズムはこの気圧差に大きく関係していて、標高の影響を大きく受ける。
 息を吸うとき、横隔膜をはじめとした呼吸筋の連動によって肺の容量を広げ、空気を吸い込む。外気は最終的に肺胞という器官にたどり着き、そこには多くの毛細血管が張り巡らされていて、体中を巡り酸素が消費された血液が通る。すると外気の酸素の圧力は血中の酸素よりも高いため、この圧力差を利用して酸素は毛細血管内に入り、再び心臓を巡り体中に酸素が届けられる。
 だが、高所登山では外の気圧と毛細血管の気圧差が少なくなって、体に酸素を取り込みにくくなる。例えばエベレストでは標高7800㍍以上は「デスゾーン」と呼ばれ、外気圧は海抜0㍍の3分の1だ。高度順化をしていない人が突然この状況に放り込まれたら1分後に気を失い5分後には死んでしまう。

 ミウラ・ドルフィンズには6000㍍までシュミレートできる常圧低酸素室という設備がある。常圧低酸素室は気圧を一定に保ちながら酸素のみを減らし高山の環境を再現するもので、利用者もトレーナーもいつでも安全に出入りができる。登山者や旅行者に対して低酸素室トレーニングと高所に行くときの知識を専門資格を有するスタッフによって広めている。
 先日、温泉施設の減圧室で死亡事故があった。内部の気圧を下げて低気圧・低酸素環境を作るものだが、使用中は気圧差によりドアが開かなくなる。こうした減圧室に関してライセンス制度はない。施設によっては医学的に証明されていない効果をうたい、安易に使用を勧めている場合もある。これら施設が一般的に今後も使用されるのなら、安全性と臨床的に管理する環境を今一度見直すべきである。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?