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「自然時間」へのスイッチ

2014年9月6日日経新聞夕刊に掲載されたものです。

 先日、毎年恒例の神戸YMCA、サントリーホールディングスが「協働」で開催している無人島キッズキャンプ「余島アドベンチャーキッズキャンプ」に行って来た。
 このキャンプは小豆島近くにある、大余島を出発地点として無人島である葛島と千振島をカナディアンカヌーで渡る。今年はこれまで立ち寄るだけであった千振島にてタープ(天幕)を張りビバーク(野営)をすることにしたのでキャンプの日程が1日増えた。
 無人島までカヌーを漕ぎ、食事や寝る場所を自分たちでつくり、釣や海遊びを行うのである。

 今回、追加された1日がもたらしたのは、何かをやらなくてはいけないアクティビティーではなく、余裕がもたらした「時間」そのものだった。
 島キャンプに限らず、僕が長期に行う遠征登山も開始して数日間、頭の中はまだ「街時間」で、早く目的地につくことや仕事の心配事等が占めている。そのため何かしなければいけないと気持ちだけがはやるが、これが3日もたつと登山独特の「自然時間」に切り替わる。心に余裕ができ、天気の小さな変化にも気がつくようになる。
 無人島キャンプ2日目、早めに夕食を終え、ゆったりと千振島のビバーク地から浜の景色を見ている時だった。島の小さな湾を越えた先に灯台があり、そのすぐ隣に静かに太陽が沈む。瀬戸内海は青色からオレンジ色にその表情を変え、移り変わる海の色彩に自然の中の一期一会を感じた。自分の中で「自然時間」に切り替わった瞬間であった。

 もっとも「自然時間」とは、こうした優雅な時間だけではない。葛島から大余島に向かうのに世界一狭い土渕海峡を抜けなければいけない。この日は大潮で満潮1時間前後は水位が上がり土渕海峡をまたぐ橋の下をカヌーが通れなくなってしまう。
 8㌔先にある土渕海峡にたどり着くタイムリミットは午前9時30分。日の出とともにキャンプ地を撤収、子供達は全員声と力を合わせて土渕海峡を目指して漕いだ。海峡を通ったのは1時間30分前、頭がギリギリ橋の裏側をかすめるほど水位は上がったものの全員無事に海峡を渡ることができた。

 自然の中での時間の流れは自然現象そのものだ。そこでの生活や行動はその変化に合わせることによって成り立っている。東京に戻り時計を見ながら瀬戸内海の潮の満ち引きに思いをはせている。

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