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ふかふか大雪で練習

2011年1月15日日経新聞夕刊に掲載されたものです。

 雪不足に悩んでいたスキー場も年末年始の大雪で本格的にスキーシーズンを迎えることができそうだ。北海道にいた僕も毎日降り続けるパウダースノーを楽しんでいた。

 以前、僕がW杯を転戦していたころ、フランスのティーニュ(アルベールビル五輪会場)で大雪が降ったことがある。1日1㍍近くも降り、それが2日間続けて降ったものだから除雪していないところは胸まで届かんばかりの新雪が積もった。
 あまりの大雪に除雪が間に合わず、スキー場のリフトは動いていない。当時モーグルの日本チームを率いていたスティーブ・フェアレンコーチはホテルの裏斜面を利用してエア練習をしようと提案した。
 大量に降り積もった雪はふかふかの着地を提供してくれる。大きなエア台を作ってこれまでやったことのないような大技を練習しようと考えた。

 トップバッターに立候補、後方2回転ジャンプを試みた。勢いよく空中に飛び出して回転をかけ、体を縮めた。空中で1回転、さらに2回転目の遠心力を感じた。首を後ろにそらすと着地が見える。見事に成功!と思いきやスキーの先端が柔らかい雪に突き刺さりその勢いで頭から新雪奥深く突っ込んでしまった。雪は柔らかくケガはないらしい。だが、体を両手で抱え込んだまま雪の中に埋もれてしまったので身動きできない。どうにか顔を動かして呼吸のできるスペースを作ったが、真っ暗闇である。
 外で見ていたみんなは、しばらくしてことは急を要することに気がついて駆けつけてきた。
 最初はじたばたしていたが、僕はこれ以上動かしても酸素を消費してしまうと思い、体の力を抜いた。するとスティーブは僕が力尽きて死んでしまったと勘違いした。雪をかきわける手にさらに力が入って、数分後には、僕は雪の中から掘り出された。ずれたゴーグル越しにスティーブに向かってニコッとほほ笑むと、スティーブは死んだと思った人間が笑ったので、その場で卒倒してしまった。

 年末に僕が教えているモーグルチームの子供たちにも大雪の中でジャンプ台を作って練習をさせた。みんな思い思いのこれまでにやったことのないような技に挑戦しながら満面の笑みだった。新しいものに挑戦するには安全な環境があって初めてチャレンジできる。こうした環境を整えるのも僕の役目だ。

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