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事前調整に細心

2019年1月5日日経新聞夕刊に掲載されたものです。

 父の三浦雄一郎とともに、南米最高峰アコンカグアに向けて出発した。羽田空港をたったのが1月2日。機中では久しぶりに穏やかな時間を過ごした。
 
 今回のような遠征には、大きく分けて2つの準備がある。1つは必要な装備をそろえること。もう1つは山に登るための肉体的な準備である。後者には特に細心の注意を払い、僕らはこの2年間、父の体力や持病の不整脈の様子を見さだめてきた。
 その最後のチェックとなったのが、年末に北海道大野記念病院で行った精密検査である。今回の遠征にも同行している国際山岳医の大城和恵先生が診断してくれた。86歳になった父の心臓のエコー検査、心臓周りの血管や血液の検査、運動負荷試験などで1日がかりであった。 

 80歳のころとくらべて、心肥大や狭窄(きょうさく)がやや進んでいた。呼気の一秒率の測定でも肺機能の低下が認められ、理想的とはいえない。しかしより重要なのは、そのことを知っておくことである。
 年を重ねれば、体の不具合が一つ二つ見つかるものだ。加齢による体力や機能の低下も当然ある。こうした現実から目を背けてはいけない。山での死は、往々にして「突然死」という雑ぱくな死因で説明されるものだが、多くの場合、その要因となる健康問題が潜んでいるはずなのである。
 父の場合、不整脈や心肥大の影響が出ると心拍出量が低くなる。また年相応の動脈硬化も認められ、血圧が高いと肺静脈圧が高くなり、肺に水がたまりやすい。しかしこうした問題にも、血圧を下げる薬の投与や十分な水分補給、そして1日の高度変化の調節などの基本的な処置によって十分に対応できる。

 こうした検査結果は遠征の予定やルートの調整に直接関わってくる。父の不整脈は自律神経と密接に関係していることがわかっており、今回は体を慣らすために速めにベースキャンプに入ることにした。ルートも本来のガレ場の多いノーマルルートより、頂上に直接つながる氷河の多い斜面をたどるほうがストレスが少ないと考え、選択肢を増やした。持参する酸素の量も考慮に考慮を重ねて山に登るつもりである。
 危険の性質と対処法を事前に知っておけば、急な変化にも応じられる。自分の体と向き合う者だけが、山とも向き合えるのである。

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