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山岳地帯の農耕民族

2015年2月14日日経新聞夕刊に掲載されたものです。

 昨年末、テレビ番組でインドネシアのジャワ島東部にあるブロモ山に行く機会があった。ブロモ山はカルデラ地形の火山が複数入り混じる壮大な景色で、巨大な火口は雨季に朝霧が立ちこめ、その様子は「神々が舞う天空の庭園」といわれる。
 この絶景を見に行くのが番組の主旨であったが、そこにたどり着く過程で、山岳地帯の急峻な勾配に多くの農耕地を見かけた。
 ブロモ山付近に住むテンガル族は、それぞれの家族が農地を持っている。畑を耕すときは、その家族以外にも多くの近隣住人が手伝いに来る。地元の通訳に聞いてみると、これは「ゴトンゴロヨ」といわれる風習で、斜面が急峻で機械がほとんど使えず、みんなが集まり手作業で農耕が行われる。この土地では大きな仕事はお互いに助け合いながらの作業となる。

 現在の文明があるのは農耕のおかげだといわれる。狩猟採集の時代、獲物を追いかけ、常に移住を繰り返していた生活から、農耕により定住して子供を多く育てられるようになった。人口は増加し、村や町ができ、食料に余裕ができたことで装飾品、金属加工技術の発達、貿易政治体制、地域、国ができた。
 しかし農業が文明の発展を促す一方で、負の遺産も生まれた。分子人類学者スペンサー・ウェルズ博士によると、農耕による人口増加や集団生活により戦争、疫病、生活習慣病、遺伝病、さらには地球温暖化までもが、約1万年前に「肥沃な三日月地帯」(現在のイスラエルからペルシャ湾北部沿岸。最初に農耕が始まったとされる)で最初のタネ=「パンドラの種」=をまいたのが原因であるということを同盟の自著で論じている。

 それではテンガル族はどうして限られた山岳地帯の土地に何世代も定住しているのだろう。彼らの出産の風習に注目してみよう。
 ある家の出産の知らせが広まると親戚やご近所が集まってくる。子供が生まれた家は、集まった人をもてなす習慣がある。その費用は出産した家で持ち、それが日本円にして100万円以上だという。彼らの平均年収が30万円程度だと考えると、大きな負担である。こうした風習による経済制限が多産にならず持続的な人口を保つ要因になっているのではないか。助け合いとおもてなしの伝統が、その土地の風土と自然に沿うようになっている。

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