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科学と登山をつなぐ

2012年9月29日日経新聞夕刊に掲載されたものです。

 今春、僕の博士号取得のお祝いに白澤卓二・順天堂大学教授の友人であり、テロメア研究第一人者である広島大学の田原栄俊教授(細胞分子生物学)にお越し頂いた。

 前回のコラムでも紹介したが、テロメアは核の中にある染色体の末端部分にあるDNAの配列で、細胞分裂するたびに短くなる。最終的にテロメアが無くなると細胞は老化し、それ以上分裂をしなくなる。細胞の回数券といわれるゆえんである。
 このテロメア発見以来、それは一方的に縮むだけと考えられてきたが、1984年、キャロル・W・グライダーとエリザベス・H・ブラックバーンらがテロメアを伸ばす酵素「テロメラーゼ」を発見した。
 彼女らの研究はノーベル賞を受賞し、この発見によりテロメラーゼは長寿につながると考えられていた。しかし、話はそれほど単純ではなかった。
 その後、テロメラーゼの研究が進むと、テロメラーゼの活性はヒトでは生殖細胞、幹細胞、そしてがん細胞に多く現れていることが分かった。テロメラーゼは細胞の寿命を延ばすのと同時にがんとして生体全体を脅かすことになる。反対にテロメアによって短縮した細胞は老化を経て細胞死を迎えることによって生体を安定させる。田原教授もこうしたテロメラーゼの研究の最先端にいる。

 今回、三浦雄一郎をはじめとしたエベレスト登頂チームのテロメア研究に田原教授の専門知識が必要と考え、白澤教授が呼びかけてくれた。
 田原教授と話し合う中で、僕が博士号をとったヘムオキシゲナーゼの実験中にテロメアの保護に関係する酵素が含まれることがあるということがわかった。なんとテロメア、テロメラーゼ、ヘムオキシゲナーゼ、がん、低酸素、そしてエベレスト登山というこれまで一見、関係がないように見られていた研究が、一気につながる可能性が出てきたのだ。

 米国の著名な物理学者フリーマン・ダイソンは「死があるからこそ、生物の多様性が広がる」という。これはテロメアによって寿命が制限されるから多様性が広がるのではないかとも考えられる。
 登山の歴史はまさに人類の多様性を広げてきた。登山家は冒険心に富み、世界を広げると同時にその過程で多くの犠牲を払った。師を受け入れるからこそ生きる希望と可能性が広がる。科学と登山を融合させる僕の研究の意義もそこにありそうだ。

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