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おいしさのスパイス

2018年11月10日日経新聞夕刊に掲載されたものです。

 僕は毎年2回、地元逗子で豪太会というのを開いている。鎌倉、逗子、葉山の山から逗子海岸まで歩き、バーベキューをするというイベントで、今年で8年目、通算16回目になる。
 逗子一円には山々が点在し、登山ルートやトレイルがいたるところにある。これらの山道には鎌倉時代から人の通いがあって、元をただせば修験道だったり関所が設けられていたりして、歴史がある。こうしたトレイルの入口の多くは住宅街の脇やお寺の裏にあって、目立たない。そこから一歩入ると、深い森がひろがっていたりする。

 つい先日の豪太会は東逗子駅に集合し、神武寺や鷹取山をたどるハイキングコースを歩いた。ところどころ切り立った崖があってスリリングなコースである。神武寺駅からは電車に乗り、新逗子駅から逗子海岸まで歩く。海岸につながるコースは6つほど通っていて、それぞれ5~10㌔ほど歩く。
 海岸では僕の友人達がバーベキューの準備をして待っている。参加者たちは着くとすぐにビールやソフトドリンクで乾杯し、海を眺めながら肉をほおばる。
 友人たちバーベキューチームは、これはもうバーベキューのプロといっても過言ではない。彼らが焼く肉も野菜も、職人芸と呼べるほどのおいしさだ。だから食欲をそそられて当然なのだが、それにしても皆さんよく食べる。参加者の平均年齢は60代になるはずだが、とてもそうは見えないと友人たちは驚いていた。

 仙台大学の佐々木繁盛さんらがまとめた「身体運動が味覚に与える影響」という論文によると、人の味覚は運動によって変化するという。彼らは甘味、塩味、酸味、旨味(うまみ)に特化した試料を用意し、30分間の自転車こぎ(有酸素運動)やインターバルトレーニング(無酸素運動)の前後に、被験者が試料をどれだけ識別できるかを測定した。結果、運動の種類にかかわらず、運動後は運動前よりも、すべての味覚が敏感になったという。甘味はエネルギー、塩味は神経伝達に役立つ電解質といった具合に、それぞれの味は体が必要な特定栄養素に対応している。運動によって失われたこれらの栄養を補う必要に迫られると、舌は感度を鋭くして吸収を促そうとするのではないか。

 豪太会の参加者にはリピーターが多い。美しい景色、おいしいバーベキューに加えて、運動という秘密のスパイスが効いているのだと思う。

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