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自分の頭で考える

2017年3月25日日経新聞夕刊に掲載されたものです。

 今月中旬、僕が理事長を務めるナスターレース協会の主催大会、ジャパンカップ(新潟県・苗場)とドリームグランプリ(北海道・天狗山)に行ってきた。
 ナスターレースはタイムを競うアルペン競技にポイント換算を持ち込んだシステムだ。アルペンは大会ごとに諸条件、つまりコースも日時も天候もばらばらだから、タイムだけでは選手の実力がわかりづらい。そこで日本を代表する上位実力者を基準とした数値を割り出すことで実力を可視化する。異なるレースの出場者同士の力比べもできるというわけだ。 

 近年、ナスターレースは16歳以下の選手の育成に力を入れている。当協会の主催大会では国際的基準に従い、アンダー8(8歳以下)からアンダー16(16歳以下)まで2歳刻みにクラス分けをしてレースを行う。そしてアンダー14(14歳以下)とアンダー16の上位選手を、カナダのウィスラーで行われる国際スキー連盟主催の世界大会に派遣する。
 今年はジャパンカップには国際オリンピック委員会(IOC)元副会長の猪谷千春氏もお越しになった。1956年冬季五輪のアルペン回転種目の銀メダリスト。当協会の名誉会長を務めてくださっている。大会中、猪谷氏は旗門をくぐる選手一人ひとりを熱心に見ながら「みんなうまいものだ」と感心しきりであった。

 ジャパンカップ大会中、選手と関係者の交流会が催された。冒頭の挨拶で猪谷氏は「みんなうまいので驚きました。しかしなぜ最後のゲートを曲がってゴールをするのですか?」と選手たちに問いかけた。「曲がらずそのままゴールすればコンマ1秒でも早くなる。自分の頭で考えて滑りなさい」
 雪の多い日本では常にアルペン選手の層は厚いが、実は日本のアルペン種目において猪谷千春氏以降、五輪や世界選手権でメダルを獲得した選手はいない。その原因を、もしかして猪谷氏は言い当てているのではないかと僕は思った。
 確かに、ナスターレースから派遣される日本の若い選手はウィスラーカップで上位に食い込むほどの実力がある。技術がある。しかしその後、世界のアルペン選手との間には大きな壁がそびえ立っている。彼らがその先に行くのには、コーチに教わっていない領域へと踏み出さなければいけない。文武両道は、選手生活においてもその後の人生においても重要だと、猪谷氏は子供達に語りかけていた。


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