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コブを滑る奥深さ

2019年3月2日日経新聞夕刊に掲載されたものです。

 父の三浦雄一郎は「スキーは足につけた翼だ」という。雪は、空に浮かぶ雲が冷えて重くなり、地面に降り積もったもの。雪の上を滑るスキーは雲の上で遊ぶ僕らの翼というわけだ。特に深雪の中を滑ると、空を飛ぶような浮遊感を感じる。スキー場がしっかりと整地してくれたバーンを滑るのも爽快だし、ジャンプ台から飛躍するのもまさに翼ならではの技である。

 スキーにはこうした楽しさがある一方で、「コブ」を滑ることの魅力は少し独特である。コブはスキーヤーがエッジに圧力をかけたときに掘れる溝と、そこにたまった雪との落差によって形成される。このコブを利用した競技がモーグルだ。現在ではハイスピードのままで難度の高い技を競う五輪種目としても知られている。しかし、鍛え上げられたアスリートならいざ知らず、一般スキーヤーがコブから受ける衝撃は大きい。元モーグル選手の僕でさえ、年を重ねるにつれて膝や腰に大きな負担を感じるようになった。
 競技を引退した後は、モーグルはもうやらないぞと思っていた。しかしあれから20年、いまでもコブを見つけるとついつい滑ってしまう。われながら自虐的な性格だなと思うこともあるのだが、どこのスキー場に行ってもコブのコースがあるところをみると、コブを見ると滑りたくなるのは僕だけではないようだ。

 先週も大分県の九重スキー場で「三浦豪太CUP」と銘打ったコブの大会が実施された。モーグルではなく「コブ」の大会。モーグルという競技的な形式にとらわれず、一般スキーヤーでもスノーボードでも参加できる。参加者たちはそれぞれのスタイルで、コブのコースを楽しんでくれた。
 このコースは、整備されたバーンよりもコブがあったほうが変化があって面白いのではないか。そう思った地元のコブ好きたちとスキー場が協力し、8年前から定期的にコブだらけのコースをつくっている。コブ好きの彼らは「チームミラクル」というモーグルチームを結成、大分県スキー連盟にフリースタイル部も設立した。そんな彼らの思いが詰まった大会なのだ。

 コブをうまく利用できれば、コブから得た力で弾むように滑ることができる。しかしタイミングやポジションが悪いと、体重の何倍もの衝撃がかかる。急激に変化する傾斜に対応するために、全身を使ってスキーを立体的に操作する。人々を引きつけるコブの魅力とはその難しさゆえの奥深さにあるのではないか。

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