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アンチエイジング考

2017年7月22日日経新聞夕刊に掲載されたものです。

 元井益郎さんと出会ったのは10年ほど前だった。当時、僕らが企画したヒマラヤトレッキングツアーに元井さんが参加してくれた。体力のある人で、のちにエベレストを間近に望むカラパタール(標高5545㍍)を一緒に登ったときも、少々の高所では平気な顔でいた。この人ならば、と標高0㍍の田子の浦から村山古道を経て富士山頂に登る計画にお誘いし、26時間ほぼ休みなく歩き通して一緒に登頂した。

 山に魅了された元井さんは、ただいま7大陸最高峰に挑戦して回っている。すでにキリマンジャロ、エルブルス、アコンカグア、コジオスコを制し、先日一緒に登ったデナリで5つめであった。以前からマラソンやトライアスロンに親しみ、フルマラソンは年に4度走る。マラソンの世界6大メジャー大会のうち4つを走破、あとはロンドンとシカゴを残すのみだ。
 製薬会社の代表取締役でありながら元気いっぱいに地球を駆け回る元井さんには、年齢不詳なところがある。会うたびに年齢を尋ねるのだが、元井さんの答える数字はどんどん若くなる。

 「脳はだまされやすいもので、自分の実年齢から6の倍数を引いた年齢を意識し続ければ、心も体もその年齢になる」。元井さんのアンチエイジングがこれ。僕と出会った頃は、すでに実年齢から12を引き算していた。今回のデナリ登山では18を引いて登った。登りながら「生まれた年は?」と問うと、「辰(たつ)年で東京オリンピックが開催され、富士山にレーダーができた年さ」とスラスラと答える。つまり1964年。「では植村直己さんが亡くなった時は(84年)はいくつでした?」と尋ねたら「20歳」だな。即答である。64年を起点とした年表が、元井さんの頭の中に出来上がっているのだ。実際に生まれたのはその18年前だから実年齢は・・・・、などと言い当てるのはヤボというもの。ちなみになぜ6の倍数かと言うと、引くときに干支を二つしか覚えなくていいからだそうである。

 脳はだまされやすい。プラシーボ効果といって、効き目の無い薬を効果てきめんのように患者に思わせることで病状が改善した事例がいくつもある。アンチエイジングの要諦として、元井さんは年齢を低く見積もるだけでなく「心ときめく目標をもって運動して体にいいものを食べること」を挙げている。「青春とは人生のある期間をいうのではなく、心の様相を言う」とつづったサミュエル・ウルマンの詩が浮かぶ。

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