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知床の将来握るマナー

2016年10月22日日経新聞夕刊に掲載されたものです。

 先月、新谷暁生さんのカヤックツアーに行った際、ウトロの赤沢歩さんの敷地をお借りした。赤沢さんは知床を中心にサービス業を営みながら、釣り人として自然豊かな知床をこよなく愛している。
 夜、たき火を囲みながら赤沢さんと新谷さんが話していた。どうやら話題に上っているのは地元の幌別川で釣り人のマナーについてのことらしい。
 近年、知床の斜里町と羅臼町でのヒグマの目撃数は年間900件ほど。毎日どこかで誰かがヒグマに出会っていることになる。僕たちも実際カヤックをしている時、1日数頭のヒグマに会った。

 知床が世界遺産になったのは海と陸の自然循環が豊かであるから。ヒグマも自然循環の一部であって元来、臆病なヒグマはめったに人に近づかない。しかし、近年は人に慣れたヒグマが増えている。人の姿を見ても逃げないのだ。観光客が不用意に餌付けする、食事を放置するなど、ヒグマが人間と食べ物の関係性を学習してしまう危険性もある。こうなったヒグマは最悪、駆除の対象となる。
 釣をする川はヒグマが魚を捕る生息地でもある。釣り人が釣った魚をさばいて内臓などを捨てる。それをヒグマが食べると、釣り人と魚の内臓を結び付けてしまう。行政はこうしたことがないように立て札などで注意喚起とマナーを呼びかけた。

 それでもマナーは徹底されず、今年の夏、ヒグマに釣った魚を奪われたり、リュックを破られたり、といったこともあった。こうした事態を重く見た行政はウトロを流れる幌別川での釣りの禁止を検討し始めた。しかし、自身も釣り人である赤沢さんはクマとの事故防止は多くの場合、釣り人が十分注意してマナーを守れば防げると考え、「幌別の釣りを守る会」を今年9月9日に発足、釣り禁止に待ったをかけた。
 赤沢さんは魚の内臓などを捨てる「とれんベア」(ヒグマ用ゴミステーション)を幌別川に設置した。そして会員のメンバーとともに毎朝早くから河川に出かけて一人ひとりに直接声をかけマナーを周知する。ボランティア活動でありながら実際にやってみると自身が釣りをする時間は全くなくなってしまった。それでもこの活動を行うのは知床ですべての人が公平に楽しく釣りができたらという思いからである。人のマナーが知床の将来を握る。

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