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祖父の手入れ日誌

2012年1月7日日経新聞夕刊に掲載されたものです。

 1月になると祖父(三浦敬三)が生前、札幌で毎日トレーニングとスキーをしながら過ごしていた日々を思い出す。テイネスキー場で寝起きし、早朝の体力トレーニング後、リフトが始動するとお昼頃まで滑り、お昼を食べ、少し休憩をとったあと、時間をかけてスキーを手入れするのが日課だった。

 1999年の祖父の手帳日誌には、きちょうめんに日々のスキーの手入れの内容が書かれており、特に「ストラクチャー」について記してある箇所は興味深い。ストラクチャーとは、スキーの滑走面にある微妙なパターン(模様)のことで、メーカーが出荷する際などに、滑走面を滑らかにするためにストーングラインダー(特殊石研磨機)にかけてつくる。
 手帳にはストラクチャーがスキー滑走に及ぼす影響とその感覚が詳細に記録されていた。ワールドカップのトップ選手でさえ、ほとんど気づかないストラクチャーの微妙な差異に当時95歳の祖父はこだわりを持ち、常に調整し工夫を加えていた。道具に深い愛情を注ぎ、大切に接しているうちに自らの感覚が研ぎ澄まされていったのだ。

 僕らが登山をするとき、道具は命を左右するモノとなる。足元のアイゼンやピッケルにある滑り止めの金具がしっかり研がれていなければ、氷を捉えることはできない。ハーネスやロープの扱いがぞんざいだと、ロープに傷がついたり、ハーネスが破損したりして、命を預けることができない。高所では酸素のレギュレーター(調整装置)にある、厚さ数ミリのOリングが破損しているだけで生存確率が急激に低くなる。そのため慎重に扱わねばならない。
 人間は道具を作り、改良することにより文明が発達し「便利さ」を手に入れた。同時に日々の生活にあふれる道具の多くに僕たちは命を委ねてもいる。

 昨年は福島での原発事故により、原子力の安全性を問われた年であった。近代文明を支える要のはずだった原子力が、震災と人為的なミスが重なり、日本の未来をもむしばむ大災害につながった経緯が明かになってきた。
 いくらエネルギーに余裕ができて、暮らしが豊かになったとしても僕たちは地球という自然のなかで生かされている。その接点にある文明の道具を再考するとともに、まずは身の回りのものへのこだわりと愛着を持つことから新年を始めてはどうだろう。

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