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高所登山 筋肉が重要だ

2014年8月23日日経新聞夕刊に掲載されたものです。

 登山の運動生理学で知られる鹿屋体育大学の山本正嘉教授が、今年の日本登山医学会学術集会で「70、75、80歳でエベレスト登頂に成功した三浦雄一郎氏の体力特性」を発表した。
 山本教授は父の体力測定を69歳の時から行っていて、僕たちはその都度エベレストへ向けて具体的なアドバイスをもらっていた。今回の発表はこれまで蓄積してきた父の体力の計時的なデータを分析、体力的な視点から70歳から80歳の間になぜ3回もエベレスト登山が成功できたかと言う考察をまとめた集大成的なものである。

 山本教授によると、父が顕著に優れているのは筋力である。特に脚筋力を示す脚進展パワーは75歳以降からも増加傾向にあり、特に80歳で計った値は日本人平均の40歳代よりも優れていた。また背筋力148キログラムは20~40歳の日本人平均値に値する。
 こうした強みがある一方、持久力を現す最大酸素摂取量や肺活量は年齢とともに下降気味であった。最大酸素摂取量は測定を開始した69歳のときは40歳代レベルだったが、最新の値は70歳並みの値しか出なかった。昨年エベレストに登る直前に計った肺活量は日本人平均値で90歳代という値であった。これまで有酸素能力の指標を示す最大酸素摂取量や肺活量は登山を行う上でとても重要だといわれてきた。

 しかし、山本教授はこうした低い有酸素能力も高所ではそれほど足を引っ張る要因にならないのではと考えている。8000㍍を超える高所では酸素分圧が極度に低くなり、どんなに若くて優秀な有酸素能力を持つランナーでも十分にその能力を生かせない。エベレスト登山は酸素が少なく生理学的には厳しいが、運動負荷という観点から言うととても低いのだ。さらに酸素を使うことで極度の低酸素下の運動にも十分対応できうると考えている。
 一方で登山をする時の装備は、すべてあわせて15キロ以上になり、いくらゆっくり歩いたとしてもそれぞれの一歩一歩にかかる筋力負担は避けられない。
 そのため高齢者がエベレストのような高所登山を目指すとき、必要なのは高い有酸素能力よりも、高い筋力を維持することが重要なのではないかと考察した。今回の父の登頂とその裏付けである山本教授が集めたデータは、これまで考えられてきた高所登山者像を大きく変えることになった。

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