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登山・スキー 2つの体力

2017年4月22日日経新聞夕刊に掲載されたものです。

 トレーニングのため、ネパールのコンマラ(標高5200㍍)に向かっている。コンマラはエベレストに続くクーンブ谷とイムジャ谷の間にある峠である。その上にきれいな氷河があり、父の雄一郎が50年前にエベレストを滑走した際にも、ここでトレーニングした。5年前、僕もコンマラの氷河を登った事がある。父が80歳でエベレストに登頂した前年のことで、高度順化の候補地としてこの地を訪れた。
 来年に挑むチョオユー(同8201㍍)では山頂からスキーで滑走するため、事前に実践的な登山とスキーの経験が必要と考え、今回の遠征を組んだ。登山とスキー、両方の体力と技術が必要なのである。

 スキーに必要な体力は下半身の筋力である。ターンするときに体重の3倍ほどの負担が足にかかる。それを支える筋力、そして短い時間に大きなエネルギーを使うため無酸素運動(酸素代謝が間に合わない高強度運動)能力も要求される。
 それに対して、登山はゆっくりと長い間歩き続ける体力が必要である。これは生理学的には有酸素運動と呼ばれるもので、酸素を取り込みエネルギーに変える力が重要になる。

 この時期、父と僕は様々な冬のスキー関連の仕事をこなす。そのためスキーに必要な筋肉はかなり発達し、難しい斜面であろうが何時間でも滑り降りるだけの体力ができあがっている。
 反対に、どうかすると登山に必要な有酸素運動はおろそかになりがちだ。今年は今回のヒマラヤ遠征、そして6月のデナリなど、登山を見据えて有酸素運動も冬期にも行い、鍛えたいと思っていた。そこでスキー関連の仕事で各地のスキー場に行くたびに、シール(スキーの裏面に貼る逆毛のついた生地)とともに、スキーと歩行の両方可能な兼用靴を持ち込み、スキー場のリフトが稼動する前にシール付きスキーで山を登り、滑っていた。これが気分爽快。朝日とともに澄んだ空気の中を山頂まで登り、誰もいないスキー場を滑り降りるのは最高のトレーニングだった。

 101歳までスキーを続けた祖父の言葉を思い出す。「人には二つの体力がある。スキーをする体力、もう一つは歩く体力だ」。運動生理学的にいえば、これは無酸素運動と有酸素運動なのであろう。両方の体力を鍛えてこそバランスの取れた体力となる。

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