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神隠し伝承残る屋久島

2016年6月25日日経新聞夕刊に掲載されたものです。

 屋久島は本当に不思議な島である。屋久杉と呼ばれる杉は樹齢千年を超える。通常の杉が樹齢500年程度だと考えると、驚くほどの長寿の杉だ。
 また孤立した島であるのにシカやサルがいる。これらはヤクシカ、ヤクサルと呼ばれ九州のシカやサルの近種であるが、島は60キロも大隅半島と離れている。どうやってここまで来たのだろう。

 しかし、やはり一番驚くのは、その山の深さだろう。周囲100キロ程のほぼ円形の屋久島、その沿岸をぐるりと囲むようにそびえ立つ山々は前岳と呼ばれる。島の中心近くにはさらに高い山々があり、それを奥岳と呼ぶ。その中の宮之浦岳(1936㍍)は屋久島の最高峰であり九州地方の最高峰でもある。九州地方の最高峰8座までが屋久島の奥岳にある。
 山深い屋久島は山岳信仰が昔から盛んで、春と秋には岳参りと呼ばれる行事がある。これは沿岸の集落から前岳や奥岳に登り一品宝珠大権現にお参りして豊漁豊作を願う山行である。屋久島の山には妖精が住むという伝えもあり、その妖精のことを「山姫」「山和郎」「山姥」「げじべ」などと言い、神にまつわる伝承も含め民話が150余りもある。

 前岳の伝承の一つ、七子岳の名前の由来もそれ。昔、島の集落で七つになる小さな女の子が神隠しにあった。村人の懸命な捜索にもかかわらず彼女は見つからない。しばらくして狩人が七子岳の中腹を歩いていると大木の根元にきれいにそろえた女の子の下駄が見つかった。両親はその周辺を探したが、みつからない。その子が七つであったことから村人は七子岳と名前をつけたそうだ。
 今回僕たちのガイドを務めてくれた満園茂さんは「今でも5年に1回くらいは神隠しにあう者がいる」という。神隠しにあった人をいくら捜索しても見つからない。ところが数日後、ひょっこり姿を現すという。この時、神隠しにあった人は時間の感覚がずれていて明らかに数日間山に入っていたのに本人は一昼夜の記憶しかないという。

 満園さんは「あ~、山姫に引っ張り回されていたな」と思うそうだ。山姫は美しく髪の長い、伝承上の木の精。山の中で会うとニッコリと笑いかけてくる。もし山姫よりも早く笑わないと山の中をさまようことになるという。現実と伝承が今も交わる屋久島は、確かに不思議というしかない。

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