見出し画像

遠征の分岐点

2019年1月19日日経新聞夕刊に掲載されたものです。

 父の三浦雄一郎にとって今回のアコンカグア(標高6960㍍)遠征は33年ぶりの再訪である。この稿を書き送った日本時間の17日現在、僕たち遠征隊は同4200㍍のベースキャンプにいる。ここで父はふと「アコンカグアはこんなに大きな山であったか」と漏らした。
 これまで数々の冒険を経験した父も、やはり加齢で体力が衰えている。同年代の人からすると筋肉量は抜きんでているが、不整脈などによる心肺機能の低下が認められ、それが高度順化にも影響している。

 33年前、父は僕の兄である三浦雄大を伴ってアコンカグアに登った。当時の兄は20歳の現役スキーヤー。53歳の父もまだまだ元気で、ベースキャンプから2日で登頂した。今回は事情が違う。86歳になった父の体力を考慮して、現地に来てからルートやスケジュールの変更を何度か繰り返している。
 この先の登頂ルートで、もっとも有効と思われたのが、ヘリコプターで中間地点まで飛ぶことであった。ノーマルルートでは、山の核心部にいたるまでに長い氷河のモレーン帯を渡ることになる。当初はその踏破に3日を費やすことを考えていた。しかし現地に来て、モレーン帯をヘリで超えて父の体力を温存してはどうかという提案を現地ガイドから受けた。
 視察のヘリも飛んだ。ローターをまわして外気から浮力を得るヘリにとって、気圧の低い高所は難関である。重量制限があって天候の影響も受けやすい。だが視察を終えたパイロットによると、天候次第では5580㍍地点に着地できそうな場所があるという。
 すぐにキャンプでミーティングが開かれた。登攀(とうはん)リーダーの倉岡裕之氏やキャンプマネージャーの貫田宗男氏、それに現地のパイロットや整備士、ガイド、医師、レンジャーの意見も聞いた。

 僕は計画の妥当性を懸念した。遠征チーム内ではヘリ使用について賛同を得られていた。倉岡氏は「登山は自然相手の活動。過程は登山者に委ねられる」という言い方で賛意を示したが、伝統的な方法以外の登山を認めない人もいるだろう。だがミーティングに居合わせた現地の人々も残らず、ヘリを使う計画に対してサポートを表明してくれた。みんなが一丸となったことで、僕は懸念を捨てた。 
 僕らはヘリ移動を経てアタックを開始する。新たな形をとった父の挑戦が、安全な高齢者登山の指針となることを願う。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?