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低酸素室と登山家の夢

2016年4月9日日経新聞夕刊に掲載されたものです。

 現在、「エヴェレスト 神々の山嶺」が上映中だ。昨年12月試写会でこの映画を見た。この映画は同タイトルの夢枕獏氏が手がけた小説がベースになっている。この本をモーグル選手の現役時代に読んで、山への憧れを強くしたのを鮮明に覚えている。
 映画ではカメラマンの深町役を岡田准一さんが、孤高のクライマーの羽生役は阿部寛さんが演じた。この映画のために実際のエベレストのベースキャンプ(5200㍍)まで行って撮影した。ミウラ・ドルフィンズの低酸素室に事前のトレーニングのため役者さんら撮影スタッフがやってきた。劇場では彼らの苛酷な高所地帯での演技と低酸素室でのトレーニングの姿が重なり、その迫力のある熱い演技に小説を読んだ当時の山への憧れを思い出した。

 ミウラ・ドルフィンズで低酸素室を開業して13年になる。その間、多くの登山家,トレッカー、アスリートに利用してもらっている。登山やトレッキングで高所を目指す方々には低酸素室で得た高所順応を生かすため、なるべく出発直前の利用を勧めている。そのため低酸素室では、その時期の日本の各登山隊の近況を知ることができる。
 先日、富士山登頂最高回数記録(1850回)を持つ実川欣伸氏(72)が今年のエベレスト登頂を目指し低酸素トレーニングにやってきた。実川さんとは10年前、富士山で知り合って以来、キリマンジャロ、東北大震災被災地支援富士山登山のガイド、富士山・村山古道、小田原からの富士山登頂などに一緒に取り組んだ。
 実川さんにとってエベレストは10年来の夢だ。気持ちをこめて挑んだ2014年はアイスフォールの崩落で断念した。思いをつなげた翌年も、ネパール大地震によってエベレストベースキャンプが甚大な被害を受け、遠征が中止となった。エベレスト山頂はミウラ隊が2013年5月23日にエベレストに登って以来、誰も足を踏み入れていないことになる。

 今年のエベレストは地震などで大きく状況が変わっている可能性がある。そんな中、実川さんは2年間の苦悩を越えて今回の挑戦がある。「逆に今回はこれまでの遠征前よりも冷静に慎重に取り組むことができる」。そのあくなき挑戦心に敬服する。
 ミウラ・ドルフィンズの低酸素室にいると多くの人の夢に触れることができる。少しでもその夢の実現に役に立てるのなら幸いである。

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