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冒険の心得 焦らず待つ

2011年12月3日日経新聞夕刊に掲載されたものです。

 月曜日、ヒマラヤ遠征から無事帰国した。目的であったメラピーク(6476㍍)を登頂することができたが、前半、悪天候で足止めを食いスケジュールが大幅にずれてしまった。そのため当初の予定よりかなり短い時間での強硬登山となった。
 本来なら徐々に高度を上げて登るところ、チベット高原に停滞した雲の影響で僕らは11月13日から18日までの6日間もヒマラヤの登山の玄関口、ルクラ(2800㍍)での待機となった。このような場合、いかに焦らず冷静に待てるかが登山成功の鍵となる。

 偶然、ルクラで、父の古くからの友人である映像プロデューサーの前田泰治郎さんや小川道幸さんと一緒になった。彼らはNHKの撮影隊としてネパールに来ていた。僕は2人をキリマンジャロに登った11歳の時から知っており、前田さんは父が35年前に初めて南極大陸のスキー滑降をしたときに同行している。冒険映像チームとここで旧交を温め、待ち時間が実に有意義な楽しいものとなった。
 冒険者は「待つ」話をたくさん持っている。最初の南極遠征で、南米のチリから軍の船で渡ろうとしたとき、税関に足止めされた三浦隊は船に乗り遅れ、1カ月も次の船を待ったそうだ。その間に暇つぶしにダイビングをしてタラバガニを捕まえ腹いっぱい食べたこと。また地元のラジオ番組で近くのパイネ山をスキーで滑ると言ったら、町中の暇人たちが翌日、山の麓に来て大騒ぎになった事。破天荒な思い出話が飛び交い、あっという間に毎日が過ぎていく。

 一方、日がたつにつれルクラの街から出られず焦っている人たちが目立ってきた。天気が悪いのはシェルパのせいだといい募るドイツ人。下の街から臨時のヘリコプターが飛んだといううわさを聞いて20人分しか部屋がない下の町宿に300人が殺到し、食べ物も宿泊所もなくなったが、結局その翌日、臨時便は1機も飛ばなかった。
 そしてようやく霧の中からヘリコプターが1機だけたどり着くと、人々が群がり、我先にと乗り込む。いざパイロットが乗ろうとすると、席を横取りする客だと勘違いして客がパイロットを殴るという珍騒動となった。

 冒険をする者に「待つ」ことは日常の一部と化す。成功への心得とは、焦らず、楽しむこと。今回、冒険を生業とする先輩たちから学んだことだ。

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