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太陽光と近視

2019年3月9日日経新聞夕刊に掲載されたものです。

 先日、慶應義塾大学医学部の坪田一男教授と志賀高原へスキーに行った。坪田先生は日本抗加齢医学会の前理事長。大のスキー好きで、学会の催しのいくつかをスキー場で主催なさったほどである。今回もリフトが動き出してから止まるまでスキーに明け暮れ、2日を費やして志賀高原のすべてのスキー場を一緒に回った。

 リフトに乗りながら先生は、近視を抑制するバイオレットライトの話を聞かせてくださった。バイオレットライトは太陽光に含まれる紫色の光のことで、光の色の違いを示す波長(電磁波の長さ)は360~400ナノ㍍。これはとても短い波長だそうで,これより短くなると不可視光の紫外線となる。
 野外で長時間を過ごす子供は近視になりにくい。そういう論文が6年前に発表されたが、当時はまだその理由が特定されておらず、アウトドアでは遠くのものを見ることが多いからだ、運動の効果だといった説明がなされていた。その中に、太陽光が近視を抑制するという説もあったが、推測の域を出なかった。

 しかし慶応大学医学部眼科チームが強度近視の治療に用いる眼内レンズにバイオレットライトを通すレンズとそうでないレンズがあることに気づき、それぞれの治療後の経過を比べた結果、バイオレットライトを通すレンズで治療した方がその後の近眼の進みが少ないということに気がついた。ここで「バイオレット仮説」が生まれた。
 それから鳥居秀成助教、坪田教授の両氏が中心となって実験が重ねられ、バイオレットライトの存在が注目されるようになった。バイオレットライトが目に吸収されると、「EGR1」という遺伝子が活性化し、近視の原因である眼軸長(眼球の長さ)ののびを抑制することが分ったのである。

 アジアではこの60年で近視の人が約4倍に増えたというデータがある。60年前ならほとんどの子供がアウトドアで遊び十分な自然の光を浴びていたであろう。バイオレットライトの必要性が広く知られるようになると、今後、サングラスやメガネでもバイオレットライトをカットしないものや室内でも十分バイオレットライトを浴びられるような環境が作られるようになるだろう。
 しかし、それよりも安心して子供たちが外で積極的に元気に遊べる状況を大人たちがしっかり守らなければいけない。

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