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寿命の秘密を追って

2012年9月15日日経新聞夕刊に掲載されたものです。

 三浦雄一郎のエベレストアタックまで半年。エベレストは人類が生身の体で到達できる限界地点だ。80歳の肉体で挑むことは人類の可能性を知るための挑戦であり、科学的見地からも意義があるだろう。
 過去の遠征では、高所経験のある登山家と高所経験のない人間が低酸素環境にさらされたとき、遺伝子レベルでどのような反応があるかを研究テーマにしていた。この研究で「ヘムオキシゲナーゼ1」という血管拡張や抗酸化作用を促す酵素が重要な役割を担うことが判明し、僕の博士課程論文となった。

 来年のエベレストでは今までの研究に加えて細胞の核の中にある染色体の末端部分の「テロメア」と呼ばれているDNAコードの配列を研究する。
 細胞分裂を起こす際、細胞の核の中にある染色体は螺旋(らせん)構造をほどき2つに分かれ遺伝情報のコピーを行う。しかし、染色体の末端部分だけ、どうしてもコピーできない箇所が生じる。テロメアは同じDNAコードが繰り返し続いていて、染色体の末端部分を保護するためにあると考えられている。しかし、テロメアは細胞分裂を繰り返すと少しずつ短くなり、完全に無くなると、細胞分裂をやめ、細胞老化を起こして機能を停止する。そのためテロメアは寿命の重要なバイオマーカーであり細胞の回数券とも呼ばれている。

 僕が現在、勤めている順天堂大学、加齢制御医学講座の白澤卓二教授は、こうしたテロメアの研究を数年前から続けている。教授と彼の研究グループが注目しているのが長野県高山村。男性の平均寿命が日本で最も長い長野県の北部にあって、リンゴやブドウや温泉で知られる村である。
 調べてみると高山村の村人のテロメア長は現在国内で最も研究が進んでいる広島県の平均テロメア長よりも長いことが分かった。テロメアの長さは生活習慣とも密接に関係しており、タバコ、運動不足、ストレス等がテロメアを短縮させると白澤教授は言う。こうしたことから、高山村の住民の素朴なライフスタイルがテロメアに重要な影響を与えているのではないかと研究を進めている。
 ライフスタイルがテロメアに影響を与えるのなら、エベレストのような過酷な環境下ではどのような影響があるのか。三浦雄一郎の挑戦が、人類の普遍的なテーマである「寿命」の解明に少しでも寄与できればと考えている。

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