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三浦豪太の探検学校

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冒険心や探究心溢れる三浦豪太が世の中について語った日本経済新聞の連載記事「三浦豪太の探検学校」(2019年3月に最終章)の、リバイバル版。わずか11歳でキリマンジャロを登頂。フリ… もっと読む
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2023年9月の記事一覧

太陽光と近視

 先日、慶應義塾大学医学部の坪田一男教授と志賀高原へスキーに行った。坪田先生は日本抗加齢医学会の前理事長。大のスキー好きで、学会の催しのいくつかをスキー場で主催なさったほどである。今回もリフトが動き出してから止まるまでスキーに明け暮れ、2日を費やして志賀高原のすべてのスキー場を一緒に回った。  リフトに乗りながら先生は、近視を抑制するバイオレットライトの話を聞かせてくださった。バイオレットライトは太陽光に含まれる紫色の光のことで、光の色の違いを示す波長(電磁波の長さ)は36

コブを滑る奥深さ

 父の三浦雄一郎は「スキーは足につけた翼だ」という。雪は、空に浮かぶ雲が冷えて重くなり、地面に降り積もったもの。雪の上を滑るスキーは雲の上で遊ぶ僕らの翼というわけだ。特に深雪の中を滑ると、空を飛ぶような浮遊感を感じる。スキー場がしっかりと整地してくれたバーンを滑るのも爽快だし、ジャンプ台から飛躍するのもまさに翼ならではの技である。  スキーにはこうした楽しさがある一方で、「コブ」を滑ることの魅力は少し独特である。コブはスキーヤーがエッジに圧力をかけたときに掘れる溝と、そこに

フリーライドの魅力

 先日、白馬コルチナスキー場で行われたジャパン・フリーライド・オープン(JFO)に参加した。フリーライドとは、バックカントリーエリアと呼ばれるスキー場管理外、あるいは場内でも圧雪のされていない複雑な自然の地形を残したエリアで行われるスキー、スノーボードの大会である。  ライン取りの難度、エアとスタイル、滑りのスムーズさ、コントロールとテクニックといった項目が採点対象となる。エアは派手に飛べばよいというものでもなく、正確さ、スピード、ラインの創造性も重視する。間口が広いため、出

アコンカグアでスキー

 今回のアコンカグア遠征の目的は登頂だけでなく、親子でスキーを履いて山頂付近を滑ることだった。  だが父の三浦雄一郎にドクターストップがかかり、その目的はかなわなかった。ヘリコプターで下山した父をニド・デ・コンドレスのキャンプ地で見送った翌日、僕たちは頂上に立った。標高差1500㍍を一気に登り、またニドまで下りる過酷な道のり。山頂付近のスキーどころではない。戻ったときは精根尽きていた。 ところがニドで酸素をゆっくり吸って、ひと晩、体を休めると、僕は自分が十分に回復していること

失敗に学ぶ

 父の三浦雄一郎にドクターストップがかかり、アコンカグア(標高6960㍍)登頂の夢を果たせなかった。遠征隊は1月20日にキャンプ地ニド・デ・コンドレスまで下り、父はそこからヘリコプターで下山した。  ニドに残った僕はその夜、ほとんど眠れなかった。父を説得して登頂を断念させた僕が、父に代わり隊を率いて山を登る。想像もしないことだった。だが頭の混乱は、闇夜の中で準備を進めるうちに静まった。登頂という一点に集中すれば物事が単純に思えてくる。気持ちが楽になると体も軽くなるようだった。

下山決断 父との対話

 1月20日の朝食後、大城和恵ドクターが僕を呼び止めた。「夜中のお父さんの息づかいを聞いた?」  ここは標高6000㍍のプラサ・コレラキャンプ。アコンカグア遠征隊の中で僕と先生だけが、父の三浦雄一郎と同じテントに寝泊りしていた。86歳の父の体と酸素の吸入具合をチェックするためで、夜間、尿瓶に排尿する父の激しい呼吸を僕も耳にしていた。  僕たちはヘリコプター飛行を経てここに来た。本来は高所で上り下りして体を順化させるのが手順だが、父はそれだけで体力を使い切る深刻な恐れがあった

遠征の分岐点

 父の三浦雄一郎にとって今回のアコンカグア(標高6960㍍)遠征は33年ぶりの再訪である。この稿を書き送った日本時間の17日現在、僕たち遠征隊は同4200㍍のベースキャンプにいる。ここで父はふと「アコンカグアはこんなに大きな山であったか」と漏らした。  これまで数々の冒険を経験した父も、やはり加齢で体力が衰えている。同年代の人からすると筋肉量は抜きんでているが、不整脈などによる心肺機能の低下が認められ、それが高度順化にも影響している。  33年前、父は僕の兄である三浦雄大を

アンデスとヒマラヤ

 ともにアルゼンチン国内にある首都ブエノスアイレスからメンドーサへの移動便は、南米大陸を横切って東から西へ飛ぶ。機内から窓を眺めると、ひたすら平たんな土地を豊かな農場が埋めていた。山らしい山が見られるのはメンドーサに着いてから。アンデス山脈の東側の入口に当たる都市がここである。  南北に7500キロを走る世界最長のアンデス山脈は、縦に伸びる3つの山脈が重なるように並んだ帯状の造りになっている。僕の父、三浦雄一郎以下この遠征隊が目指す南米最高峰アコンカグアにいたるには、うち2

事前調整に細心

 父の三浦雄一郎とともに、南米最高峰アコンカグアに向けて出発した。羽田空港をたったのが1月2日。機中では久しぶりに穏やかな時間を過ごした。    今回のような遠征には、大きく分けて2つの準備がある。1つは必要な装備をそろえること。もう1つは山に登るための肉体的な準備である。後者には特に細心の注意を払い、僕らはこの2年間、父の体力や持病の不整脈の様子を見さだめてきた。  その最後のチェックとなったのが、年末に北海道大野記念病院で行った精密検査である。今回の遠征にも同行している国