くものかたち

私は白い雲の形をいろいろなものに例えて
「あれはうさぎだな。」
などと眺める彼の顔が好きだった

「ねぇ、君は知っているだろうか、
爆弾は簡単に作れてしまうことを。」
いつも穏やかな彼にそう問われて驚き、私の顔が引きつっているのが自分でわかる。
「何を突然言っているの?怖いじゃない、やめてよ。」
「傷の消毒液とマニキュア落としで高性能爆薬が作れる。
消毒液には過酸化水素水、マニキュアにはアセトン、この二つを酸触媒存在下で高性能爆薬のトリアセトントリペルオキシドが容易に合成されるから。」
彼の表情がそれが冗談ではなく真面目に言っているのだと物語っていた。
「起爆するにも簡単だ。不安定な物質だから簡単に起爆する。ただの衝撃でも起爆するかもね。」
あまりにも真剣な顔をするものだから、私の中の恐怖心は膨れ上がった。

幼い頃から、私たちはお互いを知っていた。
家の近くの公園でよく遊んだものだ。
彼はおそらく私の全てを知っているだろう。
彼はなんでも知りたがったから。
けれど私はどうだろうか。
彼は秘密主義で多くを語らなかった。その上、家族の話はいくら聞いても教えてくれず、笑顔で話を誤魔化すのが上手だった。
すぐに他の話題で楽しい話に変えてしまう。
気がつけば、昨日のテレビの話をしていたり、学校でのテストの話、ときには雲の形なんていう他愛もない話に変えていた
「ねぇあの雲、なにに見える?」
「わからないわ。」
「リスに見えるよ。」
「え、どこ?」
私にはすぐにはわからなかった。
「ほら、あそこだよ。」
そう彼が指差し言うと不思議とその雲はリスの形に見えたのだった。

「サンタクロースが良い子にはプレゼントをくれるらしい!」
「七夕には彦星様と織姫様が年に一回だけ天の川で会えるんだって!」
幼稚園の時にはみんなが信じていたおとぎ話のようなものを彼は全て否定し、その真実を言っていた。
「サンタはお父さんお母さんだよ。」
「あんなのはただの星だよ。」
当時はわからなかったが小学生の頃には彼が言う事はいつだって正しかったとわかっていた。
だから、彼がそう言うとそれが正しいのだと錯覚してしまうのだ。

彼から爆弾の話を聞いた翌日。
晴空が気持ちよく、散歩ついでに近所の公園に行き、四つ葉のクローバーを探した。
そうして気がつけば何故か私は、傷の消毒液とマニキュア落としを大量に買って彼の家に行き手渡していた。
彼の家でいつも通り他愛のない話をして、彼の入れた一杯のコーヒーを飲み、彼の家の壁が剥がれているのを見たが気にも止めなかった。
会話は楽しかったしコーヒーは美味しかったから満足だ。

そのまた翌日。
私はまたもや、彼の家を訪れた。
雨の中傘を差し、たどり着いたときにはお気に入りのワンピースが少し濡れてしまっていた。
「やっと完成したんだ。みてよ!」
と彼は興奮気味になにかわからない箱を見せつけてきた。素直に疑問をぶつけた
「これはなに?」
「これはね、僕の希望だよ。
今日は出かけようか、そうだね、天気も良いし近くの公園にしようか。」
「わかったわ。」
そうして私は手ぶら、彼は箱をリュックに入れて背負い公園に行った。
何かを忘れている気がしたが、気のせいだろう。
公園に着く、そこで彼は昔みたいに、
「あの曇なにに見える?」
と聞いてきた。
「わからないわ。」
昔みたいに答えた。
「ねぇ、君が好きだよ。」
唐突に彼がそういった。
彼の突然の告白に驚いたが、私は恥ずかしさで少しうつむきながら「わたしもよ」と答えた。
彼は嬉しそうな穏やかな表情で「ありがとう。」と言い何かのボタンをカチリと押した。

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