ふれることは叶わない

その声に
その呼吸ひとつに

顔も知らぬ貴方を想い
知らぬ貴方の名を
口にしようとして泣くのです

どこまでも どこまでも
愚かな女だと思いました

この醜い心が
露呈しないことを祈るばかりです

貴方に小さな傷ひとつつけたい
ガラスの破片にふれたような
細い針先にふれたような

わずかだけど残る痛みを

その小さな小さな傷が
いつか貴方の心の臓に届いて
致命傷になれるのなら
これほど喜ばしいことはない

きっと体を重ねることより、よほど

漏れる嗚咽と快感に
自らの手の甲で口を塞ぐ

噛んだ痕には紅い徒花(あだばな)
花にも実にもなりはしない

これは歪んだ愛情だ

正しく貴方を愛せていたら
貴方は私をみてくれただろうか
私の声を聞いてくれただろうか

溺れた私はあなたの手以外
掴みたくはない

今は、今はまだ

友達にもなれない
もちろん、それ以上にも

あなたの瞳に映ることはない

でも、それでも許されるのなら
いつまでもあなたに溺れていたい

時折、空の太陽を懐かしく見上げ
酸素を取り込もうと口を開けるのに
苦しくて
ここから逃れれば酸素を得られるのに
ここでこうしていたい

あなたに溺れて死にたい



ここはどのくらいの深さだろう
浮上するにはきっともう酸素が足りない

差し込む光があって
暖かい空気の場所を示しているのに
自身の気持ちに囚われていたいのです

全身で感じるほど
あなたを想った

呼吸を忘れるほど
あなたを想った

時にあなたを
自分ですらも見失うほど
あなたを想った

このまま藻屑のように
溶けて消えてなくなればいい

そこには何もないのに
確かにそこに残るのだ

あなたにも誰にも
この気持ちを知られずに
そっと消えたいと思うのに

思うこと、願うことは矛盾ばかりで

私はひとり、孤独の海に溺れながら
穏やかに涙を流した

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