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『春の盗賊』感想文

あまり期待してお読みになると、私は困るのである。これは、そんなに面白い物語で無いかも知れない。どろぼうに就いての物語には、違いないのだけれど、名の有る大どろぼうの生涯を書き記すわけでは無い。私一個の貧しい経験談に過ぎぬのである。

……………………………

太宰治『春の盗賊』の冒頭部分です。(新潮文庫『新樹の言葉』に収録されています)

この作品、とてもおもしろかったです!

内容としては、私(おそらく太宰自身が投影されている)の家にどろぼうが入ったお話。なのですが、その話がいつまでたっても始まらない。太宰得意の自分語りが冒頭からずっと続きます。

しかし、それもやはり太宰一流の語り口でとにかくおもしろい。すいすい読んじゃいます。その一部をご紹介したいと思います。

「芸術の世界では、悪徳者ほど、はばをきかせているものだ」と信じきっていた太宰。

⭐️❬悪徳❭
道徳に反する行い↔️美徳

一生懸命悪ぶっていたようです。
しかし、ほんとはそうではないのだ、と告白します。

「私の悪徳は、みんな贋物だ。告白しなければ、なるまい。身振りだけである。まことは、小心翼々の、甘い弱い、そうして多少、頭の鈍い、酒でも飲まなければ、ろくろく人の顔も正視できない、謂わば、おどおどした劣った子である。こいつが、アレキサンダア・デュマの大ロマンスを読んで熱狂し、血相かえて書斎から飛び出し、友を選ばばダルタニアンと、絶叫して酒場に躍り込んだようなものなのだから、たまらない。めちゃくちゃである。まさしく、命からがらであった。」

そこまで言わなくても…と思うような自虐的説明のあと、

本を読んで熱狂

血相かえて書斎を飛び出す

絶叫して酒場に躍り込む

この描写。自虐していたところからの静と動の対比がすごいなと思いました。「躍り込む」ということばに、つむじ風のような勢いと回転も感じます。

⭐️「飛び出す」「躍り込む」という動詞の、動きがダイナミックです。視覚的イメージも呼び起こしている。「絶叫」で音のイメージも加えている。
⭐️「熱狂」「血相」「絶叫」が韻を踏んでいる。
⭐️文の音感的なテンポが良い。音楽的な要素も感じる。

これを太宰は意識的にやっているのか、はたまた無意識なのか、研究したいポイントです。

そして続く部分。

「同じ失敗を二度繰り返すやつは、ばかである。身のほど知らぬ倨傲である。こんどは私も用心した。鎧かぶとに身を固めた。二枚も三枚も、鎧を着た。固め過ぎた。動けなくなったのである。部屋から一歩も出なかった。廃人、と或る見舞客がうっかり口を滑らしたのを聞いて、流石に、いやな気がした。」

ふるっています。笑ってしまいました。苦笑というか失笑というか…。

気が小さいのに突然謎の大胆さが発動し、やることが極端すぎて、ばかをやって反省し、二度と同じ過ちは繰り返すまいと固く誓うんだけれども、こんどは反省しすぎ用心しすぎで部屋にひきこもり、廃人と言われ、自分が自虐するのはいいんだけど、それをひとから言われるとショックを受けちゃう。

……🤔
こういうところ、他人とは思えません。中二病的要素を感じました。

この物語を、フィクションとして作り話として、まことしやかに告白するつもりでいたという太宰。太宰はまた語ります。

「私のフィクションには念がいりすぎて、いつでも人は、それは余程の人でも、あるいは? などとうたがい、私自身でさえ、あるいは? などと不安になってくるくらいであって、そんなことから、私は今までにも、近親の信用をめちゃめちゃにしてきている。」

「あるいは?」の使い方とテンポが見事。笑いながら震えました。文章の中に独特の「間」を生み出すのが上手です。語り手として一流の才能だと思います。この感じはやはり太宰特有のものだと思います。ぜひ本のなかで、この部分読んでいただきたいです。「あるいは?」が効いています。

そしてそれからしばらくして、どろぼうが入ったときの話、つまり本題に入っていくわけですが、そこでも太宰はしゃべりまくります。

どろぼうが入り(というかよせばいいのに招き入れ)、そのどろぼうとの会話、心理戦の描写が実に巧み。太宰が優勢になったりどろぼうが優勢になったり、まるでシーソーのように形勢が逆転します。この緊迫感、すごいです。会話と、太宰の深謀遠慮と焦りの心理描写で読者をぐいぐい引き込んでいく。すごいです。これが太宰なんだよなあ…。唸りました。

そして太宰は、また自らおかしな方向に。しゃべりまくる太宰!どうなる太宰⁉️

…というようなお話です。
文庫で50ページ分のお話です。
わたしはこれを病院の待合室で読みまして、くすくす笑ってしまって困っちゃったという感想文でした。

あまりにおもしろかったので、こんど甥っ子と妹に読んできかせるつもりです。
やっぱり太宰の作品は音読に適していると思います。グルーヴ感があります。

太宰が現代に生きていたとして、ラジオ番組をやっていたら非常に人気だったんじゃないかな、とふと思ったりしました📻️

太宰治『春の盗賊』の感想文でした。
お読みいただきありがとうございました。

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