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青の緞帳が下りるまで #13

←(前回)「青の緞帳が下りるまで #12」(第二章 大公とミーチャ 1)

展示品三 ヤローキンの手紙


 人払いされた劇場で、マエストロとイーラは展示コーナーを歩く。
 その一角でマエストロは足をとめた。

「あのご時世、持ち出せたものは少なかった。その中で私がずっと持っていたのがヤローキン先生の手紙です」

 よれよれの封筒と色あせた手紙。
 手紙は原本ではなく、複製が展示されている。

「あなたは私がヤローキンと会ったことがないと話していましたが、会ったことはなくても、手紙はもらっていたのですよ。その受け渡しをしてくれたのがミーチャでした」

「おじいちゃんが?」

 イーラは聞きなおした。初耳だった。

「ミーチャは多くのことを私にしてくれたのです。そのことで、どれだけの窮地に陥ることになるか、私は考えだにしなかった。ミーチャはひょっとすると私の想像もつかないような犠牲を払ったかもしれない。家族を不幸な目にあわせたかもしれない。でもだからこそ、私は絶対に成功しなければならないと誓ったのです。いつか――彼こそが、私の恩人だと世界に公表できるように」

 マエストロは淡く微笑んだ。

「そう願ってはいたのですが――そうすることこそ、ミーチャが望んでいないことかもしれないとも思ったのです。今、あなたに話していることもそうです。ミーチャは知られたくなかったのでしょう。なら、知らないふりをしておくというのも、ミーチャへの感謝の印ではないかとも思うのです」

 ***

「ヤローキンの手紙」(現存する一部)

 三月四日付
 親愛なるヴィターリー・ヴォルホフ殿
 貴殿の楽譜を興味深く読ませていただいた。音楽院云々は気にしなくてもよい。
 音楽院は過去の遺物。形骸化しただけのものだ。陛下は音楽院システムの改革を考えている。事実、音楽院のシステム外でもすばらしい音楽家が存在している。才能ある人材がいることは喜ばしいことだ。
 そのまま創作活動を続けるように。
               ヤローキン☆

 六月十五日付
 親愛なるヴィターリー・ヴォルホフ殿
 正直きみがうらやましい。縛られることなく、思う存分、創作するがいい。きみが音楽と共にあらんことを。
               ヤローキン☆

 十二月二十付
 親愛なるヴィターリー・ヴォルホフ殿
 面会の件、私は新年の音楽祭まで仕事で忙しい。いつか会えることを心より楽しみにしている。             ヤローキン☆

→(次回)「青の緞帳が下りるまで #14」(第三章 再会と潜伏生活 1)

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