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旧社会主義国の、普通の日本人には読めない視力検査表

2000年代、仕事で旧社会主義国に住んでいたときの話です。
およそ20年前、当時はインターネット、Googleはありましたが、Googleマップ、Google翻訳などのサービスはありませんでした。
今なら簡単にすませられることが、当時は簡単ではなかった……ということを頭に入れて、お楽しみ? ください。



視力検査

日本の視力検査はランドルト環

日本では健康診断や免許更新のときに行われる視力検査。旧社会主義国でも同じで、滞在中、定期的に視力検査を受ける機会がありました。
(ひとくちに健康診断といっても、外国人の労働許可証用の健康診断では、視力検査は実施されなかったように記憶しています)

日本の視力検査では通常、C字状のマークが並んでいるランドルト環が使われます。

ランドルト環の視力検査


1888年にエドムント・ランドルトという眼科医(スイス人。パリで活動しました)が考案したので、彼の名をとって「ランドルト環(Landolt C)」と呼ばれるようになったそうです。

Edmund Landolt(1846年5月17日 - 1926年5月9日)



このランドルト環の視力検査、皆さんご存知かと思いますが、念のため軽く説明しますと、検査表から5メートル離れたところに立ち、遮眼子で片目を隠し、指定されたC字状マークの切れ目の場所を「右」「左」「下」……などと答えることで、視力を測定します。

この視力検査、世界共通とだと思いきや、そうではありませんでした。

旧社会主義国の視力検査

視力検査を体験するきっかけ

旧社会主義国で、視力検査(проверка зрения)なるものをはじめて経験したのは、とある日本のシニアの旅行者(以下Aさんとします)の付き添いで、でした。観光中にうっかり眼鏡を落としてレンズを割ってしまったというAさん、2日間のペテルブルグ観光のあともご夫婦で別の都市を1週間ほどまわる予定なのに、旅行早々、眼鏡がないのはなんとも不便。観光どころか日常生活もままならず、弱り果て、ペテルブルグ在住の唯一の知人(わたしの友人B)に連絡したところ、「日本人でロシア語が話せる子を知っている。その子は長期滞在者だから地理にも詳しい。その子に眼鏡屋まで付き添ってもらったほうがいい」と、わたしに連絡が入りました。

Aさんは、定年退職された後、日本でロシア語を学ばれ、ご夫婦でロシア、中央アジア旅行をされていて、旅行に必要なキリル文字の読み書きは問題ない方でした。
(当時、旧社会主義国の観光地の案内図や標識には、英語が併記されておらず、キリル文字が読めないと、メトロにも乗れませんでした。今ならGoogle翻訳のアプリでスマホのカメラをかざせば、翻訳が出てきますし、翻訳アプリを使って日常会話のやりとりができるようになったので、本当に楽になったと感じます。その昔――ほんの20年前ですが、言葉がわからない異国の旅は大冒険でした)

ただいくら多少の語学ができたとしても、旧社会主義国内の買い物は、言葉のやりとりや交渉など、なにかとめんどうなことが多いのです(今はいくぶん緩和されました)。なのでなにかあると、現地人と一緒に行くのが一番でした。

「今、空いてる? 1時間後にネフスキー大通りの××ホテルのロビーに行ける? 今日中に眼鏡作ってほしいんだけど」と友人Bから電話があり、仕事帰りのわたしはAさんが滞在していたホテルに向かいました。

当時の旧社会主義国はなにかと「助け合い精神社会」だったので、「困ったときはお互い様」。住んでいる間、こういう頼まれごとを数え切れないほどしました。旧社会主義国の人は、基本、困っている人を黙って見過ごすことができないのです。ソ連時代は宗教を禁じられていましたが、もともとはキリスト教国なので、弱い人にはとりわけ慈愛をもって接していたように感じます。
(このへんの考えは、レフ・トルストイの『人はなんで生きるか』『愛のあるところに神あり』を読むと、なんとなく理解できるのではないかと思います)

眼鏡屋、眼科までは簡単に行けたけれど…

20年前のことなので、やや記憶が曖昧なところがあるのですが、Aさんの奥様は市内観光の有料エクスカーションを申し込まれていたかなにかで、このとき別行動だったように記憶しています。

約束した時間にAさんとホテルのロビーで待ち合わせし、その後、市内中心部にある眼鏡屋までは問題なく行けました。

事前に友人Bから聞いた話では、眼鏡屋にAさんの割れたレンズを持っていき、「これと同じレンズで眼鏡を作ってください」と言えばいい、めちゃくちゃ簡単よ! とのことだったので、1~2時間もあれば終わるかと思ったのですが(ちなみに○シア人が言うところの「簡単」「近い」「今すぐ」で、言葉通りだったためしはほとんどありません)、そのお店では「新規のお客の眼鏡は眼科医の処方箋がないと作れない」とのことだったので、徒歩圏にある眼科に行き、そこで視力検査をすることになりました。

ひとつのことを達成するのに、お役所でも、お店でも、いろんなところをたらいまわしにされるのは、旧社会主義国の日常ですが、このときに限っていえば、眼鏡屋の店員さんはとても親切で、眼科の受付の人も海外旅行保険について丁寧に説明してくれたので、「意外とこわくないですね。これならはやく終わりそうですね」とAさんもほっとしたご様子。こちらも「Aさんの日頃の行いがいいからですよ。よかったですねー」と談笑し、和んでいました。
(旧社会主義国のお店の人は欧米の人のように笑わないので、どうしてもこわいというイメージがあります)

まだなにもはじまっていないのに、わたしたちはすっかり油断していました。「視力検査なら言葉必要ないですよね。指させばいいわけですから、楽勝ですね」とAさんが言った時点で、なんらかのフラグが立ったのかもしれません。
問題は、そのあとの視力検査、にあったのです。

待合室で待っていると、「Aさーん」と名前が呼ばれました。
(実際は「さーん」はありませんでした)
わたしも検査室まで付きそうつもりだったのですが、「中は狭いので、同行者は外で待機してください」と拒否されました。
Aさんは受付でも、診察前の問診でも、カタコトロシア語ではありましたが、十分に会話ができていたので、通訳の必要はないように思われたのです。そこでわたしはAさんの手荷物を預かり、待合室で検査を待つことにしました。(ちなみに待合室から、窓ガラス越しに検査室の中の様子はうかがえました)

ひとり、検査室の中に入ったAさんが目にしたのは――

これです。

普通の日本人には読めない視力検査表

視力検査表

「!!!!!」


想定していた上下左右、指さしのランドルト環ではありません。
見事なキリル文字のオンパレードです。

眼科の受付で「あなたはロシア語が読めますか? キリル文字は問題ないですか?」と聞かれたAさん。うっかり「はい、少し」と答えてしまったことが、この事態をまねいてしまった模様。「キリル文字は問題ないですか?」の中に、「視力検査表はロシア語(キリル文字)ですよ」という意味が内包されていたことに気づいたときには時すでに遅し。

以下、Aさんが旧社会主義国の視力検査といかに格闘したかの話です。

日本にいる方が使われることはないと思いますが、一応、上記の表に使われているキリル文字の読みを下記にのせておきます。

Ш  シャー (日本でロシア語を習うときは、シャーと読むように指導されるのですが、ネイティブでシェーと読む人もいました。一緒にЩがあったらちょっとハードルが上がりますが、視力検査表にЩはないので、シャーといえばわかってもらえます)
Б ベー
М エム (英語と同じ)
Н  エヌ (英語のエイチではない)
К カー (ケと読むネイティブもいました)
И イー
Ы  ウィー


視力検査はいつしかロシア語発音テストに

だいたいのキリル文字なら日本語カタカナ発音でもどうにかなります。問題は

Ы  ウィー

です。

日本語の発音にない音で、ウィーとそのままカタカナ発音してもЫにはなりません。ウを発音しながら、唇をイの形にし、ウとイを同時に発音すれば、それっぽい音になります(とネイティブがよく言っていました)が、ロシア語初心者にこの音はちょっと厳しい。ウィーであることがわかればそれですむのですが、Aさんが当たった看護師さんはとりわけ厳しい方で、なんとなく、ではすませてくれませんでした。

Aさんは片目を隠し、表を見つめながら、「えっと……ウイー……ウ……イー……ウーイー? ウィー!」

窓ガラス越しに、Aさんの奮闘ぶりが伝わってきました。
唇をつきだしたり、唇を横に広げてイーッと言って、がんばられたのですが、看護師さんはにこりともせず、首を横にふります。
「ニェット(ロシア語のNO)」と「ニェパニマーユ、ニェパニャラー(わかりません)」のオンパレード。

なんとキリル文字は正しく見えているのに、発音に日本語の癖が強いがゆえに、見えていることにならないのです。

ここまでくるともはや視力検査ではなく、ロシア語の試験(発音検査)です。わたしもこの視力検査表は想定していなくて、ものすごく焦りました。(Aさんのお手伝いで呼ばれているのにお手伝いができていない……!)

Aさんにしても、日本で習っていたロシア語の先生(ロシア人)からはいつもロシア語の勉強ぶりを褒められていたそうなので、この事態は想定外だったでしょう。
わたし自身、何度も経験したことですが、日本在住のロシアの方は、日本人の発音の癖に慣れているので、多少発音が間違っていてもわかってくれたり、大目に見てくれたりするのですが、現地のネイティブは外国人慣れしていないので(当時は外国人観光客も少なかった)、わからないものははっきりと「わからない」と言いますし、「相手が外国人だから……」と容赦したり、忖度したりすることもほとんどありませんでした(もちろん人にもよります)。

日本だと外国人がちょっと「コニチハ」と言っただけで「日本語上手ですね!」と褒められ、「お国はどちらですか?」とフレンドリーに接してもらえるのに、当時の旧社会主義国ではそんな雰囲気は一切、ありませんでした。(今はかなり違うと思います)

ただちょっとフォローさせていただきますと、別に看護師さんはAさんに対していじわるをしていたわけではないのです。たまにいる、極めて職務に忠実な人だったのです。

しかし、こんな駄目だしばかりの扱いを受けたら、がんばってロシア語を勉強してきたAさんの心が折れてしまいます。

Aさんの後ろで次に検査を待つ患者さんが「たぶん彼は正しく発音しているよ」とフォローしてくれたり、わたし自身、たまりかねて検査室に顔を出し、「すみません、Aさんは旅行者で時間がないんです。Aさんが見えた文字を、わたしがかわりに発音してもいいですか?」と訴えたりもしたですが、看護師さんは頑なにニェット(NO)!

検査の正確性を期すために本人に正しく読ませます」と、譲ってもらえませんでした。

看護師さんがそう言ったのは、第三者(わたし)がAさんの代わりに答えると、もしかしたらAさんが読めないところも読めてしまい、要するにズルをするかもしれない――という理屈だったのではないかと思うのですが、そもそも正確なレンズを求めている人が、ズルなんてするはずがありません。
(もちろん、そう思うのは、不正をよしとしない文化を持つ、日本人だからかもしれません……)
でもAさんが見えているものを、看護師さんが聞き取れないからNOとするのであれば、Aさんの視力はどんどん落ちていき、その測定で作ったレンズのほうが、正確性を欠いているのではないでしょうか。
(……ということを、今なら言い返せるのですが、当時は学生あがりで経験値も少なく、なにも言えませんでした。Aさん、本当に申し訳なかったです……)

検査は淡々と進んでいきましたが、この時点で、正直、もうなんの検査か、わからなくなっていました。

まさか「割ったレンズと同じ度のレンズで眼鏡を作ってください」と言うだけのことが、こんなにハードルが高いとは、Aさんも、わたし自身、思ってもいませんでした。Aさんが苦労しているうちに、後ろに検査待ちの人がたまっていきます。みんな別にAさんに文句を言ったりはしていませんでしたが、「自分のせいで人を待たせてしまう」というのは、譲り合い文化の日本人からすると、かなりのプレッシャーでした。

ついにあらわれた。もっと簡単な視力検査表

キリル文字の発音に苦労し、精神力をガッツリ削られたAさん。ですが眼鏡がないとこの先、旅行を楽しめません。
眼鏡を割ったとき、予備の眼鏡を持ってこなかったことを、さんざん奥様に叱られたAさんは、眼鏡なしでホテルに戻るわけにはいきません。
Aさんはなけなしの気力を振り絞り、看護師さんに言いました。

「すみません、もっと簡単なのをください

Aさんが言うところの「もっと簡単」とは、もちろん、Cマークの、ランドルト環の視力検査表のことです。そうです。わたしもうっかりしていました。最初からそう言えばよかったのです。当時はランドルト環という名称を知らなかったので、「Cが入っている検査表はありませんか?」とわたしも重ねて看護師さんに聞きました。

すると、看護師さんは「ああ」とうなずきました。
「もちろん、あるわよ。ちょっと待ってなさい。子供とか外国人にはこっちを使うことが多いのよ」

そう言うと、看護師さんはどこかに行き、別の表を持ってきて、Aさんの前に広げました。あるなら、最初から出してよ!!!……とわたしたちは内心絶叫しましたが、これで一安心。ランドルト環なら、ロシア語ができなくても、指で上下左右示せばすみます。

その看護師さんが持ってきた、Cが入ったもっと簡単な視力検査表がこちら。

子供用の視力検査表(オルローフ表)


「!!!!!!!!」


ええ、ええ、わかります。これをご覧になった皆さんもAさんと同じことを思われたと思います。
わたしも白目を剥きました。
確かに表の中にランドルト環のCが紛れ込んでいますが……。

「これを……ロシア語で答えろ……と?」

視力検査表に子供用のイラストが描かれています。しかしロシア語に不慣れな外国人からすると、むしろこっちのほうが難易度は高いのではないでしょうか。こうなると完全に「ロシア語テスト」です。
(しかしなぜ中途半端にランドルト環がひそんでいるのか……)

英語教育が進んで今なら、英語で答えてもわかってもらえるかもしれませんが、その看護師さんは英語が不可の方でした(ドイツ語はOKでした)。

毒キノコ

看護師さんはAさんの動揺に気づかず、「これなら大丈夫でしょ。子供でもできるんだから、あなたも答えられるわ」と満面の笑みで、イラストを指してきました。
「う……ううう……」と、検査表全体を見たAさんはうめきました。
指示されたイラストが見えないのではなくて、イラストの出来がどれも微妙であるがゆえに、ロシア語以前に、日本語でもなんと言うか、わからないのです。

でも幸い、Aさんに指されたのは、「キノコ」でした。

キノコ(грибочик)

わたしの目には、スーパーマリオの1UPキノコにしか見えなかったのですが、たぶんロシア語でいうところの、мухомор(読み:ムハモール、名:ベニテングタケ、赤い傘に白い斑点が特徴的な毒キノコ)を描いたものだと思われます。

ベニテングタケ(写真はwikiより)


「キノコ」ならロシア語初心者でも知っている単語です。грибочик(グリボーチク)でOK。грибочикが出てこなくても、гриб(グリプ)でもOKなはずです。なのにAさんは一向に答えようとしませんでした。

Aさんはわたしを手招きし、耳打ちしました。
「すみません、キノコってロシア語でなんというんですか? キノコはわかるんですが、毒がわからなくて……」

……そうです。
問題を複雑にしてしまったのは旧社会主義国のお国事情だけではありません。このときの看護師さんもやたら職務に真面目な方でしたが、Aさんもまた、なにごとも適当にすますことのできない、きわめて真面目な日本の方だったのです。適当に「キノコ」と答えればいいものを、それをよしとされなかったのです。

「あれは普通のキノコではなくて、どう見ても毒キノコでしょ? 水玉模様ですよ」
「あのですね、Aさん……」
わたしはAさんに強く言いました。長引く検査でAさんは大事なことを見失っていました。今のこの状況、やるべきことは、ロシア語のテストに合格することではなく、一刻も早く視力検査をすませて眼鏡を作って、ホテルに戻ることです。
キノコはядовитый грибочикですけど、普通にキノコでいいと思いますよ」
「ヤド……ヤド……なんですか?」
「ヤダヴィートィー(毒)」
「ヤダヴィー……?」
わたしが「ядовитый(毒)」を連呼した時点で、なにかを察したほかの患者たちが大爆笑。今にして思えば、とてもやさしい人たちでした。
「彼はわかっているよ。普通のキノコ(грибочик)でいいよ」と、Aさんを後押ししてくれ、一問目は無事にクリアしました。

謎動物

次に当たったのは、確かこれだったと思います。

ウマ(лошадка)


ああ、よかった。モミノキ(ёлочка)とかやかん(чайничек)よりはロシア語の難易度が低い。わたしは胸を撫で下ろしました。
Aさんも「これなら大丈夫。わたしも知っています」とほっとした様子。
そして、Aさんは自信満々に言いました。

「スヌーピー!」

……なんです……と……?
わたしは自分の耳と、Aさんの目を疑いました。どうしてこれがスヌーピーに……。スヌーピーはそんな胴体はしていないでしょうに!(著作権の問題があるので、スヌーピーの画像は貼りませんが、作者のチャールズ・モンロー・シュルツは墓の下で泣いているに違いない……)

ウマがなぜスヌーピーに見えてしまったのか謎ですが、当時スヌーピーは旧社会主義国でまったくメジャーではなかったので、看護師さんはなんのことかわからず、クスリともせず、「ニェット(違います)」。
Aさんは慌てて、「間違えました。犬!(サバーカ)」と言い直しました。

看護師さんは「(このイラストが犬に見えるなんて)信じられない」という目をしましたが、ほかに犬に見えるイラストがなかったのと、後ろの患者さんたちが「日本の犬はこういうタイプの犬なんだよ」と言い添えてくれたので、「まあ、いいでしょ」と「OK」にしてくれました。

たかだか視力検査なのに、そのへんの遊園地のアトラクションより、ドキドキとスリルを味わいました。

あとはAさんが肉眼でなんとか見えたキノコのことを「ゴミにしか見えない」と余計なことをロシア語で言いそうだったので、なにも言わないようアシストし、なんとか検査は終了しました。

視力検査はなんとかクリア

この視力検査表の奮闘があまりに印象深かったため、ほかの検査のことはまったく覚えていないのですが、その後は割とスムーズに進み、眼科で無事に処方箋を出してもらい、眼鏡屋さんでフレームを選んで新しい眼鏡を作り、その日のうちに無事に受け取れたように記憶しています。
Aさんをホテルに送り届けた後、

「いやー、せめて英語のアルファベットであってくれたらよかったのですが、まさかロシア語のアルファベットとは……」
「本当にありがとうございました。旅行先で眼鏡を落とすなんて。それにこの人、見栄っ張りだからね。ガイドさんからの注意事項で、『この国では下手にロシア語がわかると言うと、逆にあれこれ聞かれて面倒なことになるので、この国に何年も住んで、ロシア語が堪能な人ほど、”ロシア語わかりません”と答えるんですよ。それが問題回避の処世術です』っていう話を聞かされていたのに……」
(※ガイドさんのおっしゃったことは正しいです)

Aさんご夫婦とそんな会話を交わしました。
無事にその日のうちに眼鏡が作れたことを喜ばれ、ものすごくお礼を言われたのですが、お手伝いで呼ばれたのに(キリル文字の視力検査表を想定できておらず)、Aさんに苦労させてしまった自分にも反省するべき点が多く、その後、観光やアテンドの仕事をする際の、心構えというものを、このときに教わったような気がします。
なにはともあれ、Aさんは「旅行先で絶対に眼鏡を落としてはいけない」という教訓を得られたようでした。

普通の外国人に読めない日本の視力検査表

Aさんとはその後、会うことはなかったのですが、そのときの話を、日本滞在経験のある旧社会主義国の友人にしたら、「わたしもその昔(昭和時代に)、日本に行ったとき、同じ経験をした」とのこと。

視力検査表、wikiより


そういえば、日本の視力検査にも母国語の文字――「ひらがな」、時には「カタカナ」が入っていることがあります。そのことかと思いきや、そうではありませんでした。

「松尾芭蕉の俳句や古今和歌集の和歌を読まされたのよ!」

わたし自身、知らなかったのですが、老眼や遠視を測定する近点検査表(冊子を読ませる)では、ひらがなで綴られた俳句や和歌を読むのだとか。
(興味がありましたら、「近点検査表」で検索してみてください)

友人いわく、
「当時日本語能力試験1級を持っていたし、日本の大学に留学していたので、日本語には多少の自信があったのだけど、まさかそんな、意味のある日本語を読まされているとは知らなかった。ひらがなばかり、しどろもどろでなんとか読んだ。すごい汗かいた。和歌っていうのが、すごく雅で日本っぽかったけど、あれは外国人には全然やさしくなかった」
友人は何度も、熱をこめて話していました。

ちなみに他の国の視力検査表ですが、欧米ではアルファベットが並んだ「スネレン指標」、中国ではアルファベットの「E」を用いたEチャートが使われているようです。


自分の国の常識は、他国の常識ではない。


「自分の国の常識は、他国の常識ではない」ということは、頭ではわかりきっていることですが、ふとした瞬間に忘れてしまいそうになります。ですが、他者の常識とぶつかったとき、「どうしてこうなるの?」「間違っているよ」と、ただ自分の常識や、自分の常識をベースにした正義感をふりかざすのではなく、相手の文化的背景や事情を知ることで、他者に寛容になり、世界が広がります。

上記のエピソードは、いわゆる苦労話ですが、わたしは「若いときの苦労は買ってでもせよ」とは思いません。どちらかというと、楽ができるなら楽をしたほうがいいと考えるタイプです。(楽をするために全力を注ぎたい)
ですが、自分が苦労して経験したからこそ、「思いやり」という名の「想像力」が身につくのは確かです。

今ならアプリの力を使って簡単にすませられることが、当時は簡単ではなく、異国の地では視力検査すら、ままなりませんでした。
けれどそのおかげで、学習できたことは山ほどあります。

たかだか視力検査ひとつ。
スムーズに終わるのは最高に素晴らしいことですが、スムーズにいかなかったことで、逆に得られたことも多かった。

平和を祈りつつ、そんなことをあらためて考えました。

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