青の緞帳が下りるまで #23
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展示品六「タチアナ・Lに関する覚書」
「なぜこんなものが展示されているんですか?」
マエストロは劇場職員のマルーシャに訊いた。ヤローキンのコーナーに、見知らぬ人の文献が入っている。
どこかで聞いた名前だと、マエストロは考える。ああ、Y劇場の記者会見で、女性記者が質問した。「タチアナ・Lに会ったことはあるか」と。彼女のことだったのか。
マルーシャはマエストロの前で頭を下げる。
「申し訳ございません。その資料を置いたのは、こちらの勝手な判断です。O出版社のアンナ・Bという女性記者がヤローキンに関する書籍を発売するそうで」
「アンナ・Bというのは先日記者会見で、最後の質問をした人ですか」
「そうです。マエストロに不快な質問をしてしまった人です。申し訳ございません。この資料はすぐに撤去いたします」
「いや、読ませてもらってもいいかね」
「え……はい。ええ、もちろん」
マエストロは手袋をはめ、資料を手にとった。タチアナ・Lのことは聞いたことがない。アンナ・Bに質問されるまで、名前も聞いたことがなかった。
ヤローキンのことならなんでも覚えている自分が、知らないとなれば、本当に一度も耳にしなかったのだろう。
タチアナ・Lは生没不明。実在したかどうかすらさだかではない、伝説の歌手だ。
アンナ・Bの叔母は王立音楽院の講師であり、タチアナ・Lを教えたという。そのタチアナ・Lはヤローキンの難曲と言われる国王賛歌を歌った歌手。
あのとき出会ったサーシャが歌手だっただろうか。
ヤローキンのところにいた歌手タチアナ・L――の人が気になった。彼女はサーシャにつながっていないだろうか。
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