こういうことなのか(短編小説)


聞き慣れない名前を聞いた。友人の垣東真二からだ。彼とは小学生からの幼なじみだが、中学の同窓会の案内のハガキが送られてきた矢先の電話でだ。
「ああ、友朗やっぱり同窓会欠席かあ、仕事が忙しそうだね」
「そうそう、今、新商品の企画中で仕事がピークに達してて、ごめんごめん、みんなによろしく言っといて」
「うん、わかった。それより紺野朝子当日来るかなあ」
「え?誰それ?」
「忘れたの?いじめられっ子で有名な隣のクラスで友朗のことが大好きだった子だよ」
「覚えがないなあ…」

僕は電話を切ったあとも今野朝子の記憶が無い。僕のことが好きだったらしいがバレンタインや誕生日にプレゼントなども貰ったことが無く、ましてや体育館の裏で告白されたことも無いし、違うクラスだったらしく話したこともない。
紺野朝子っていじめられっ子だったのか。

翌朝、会社に行く時、朝の通勤ラッシュの満員電車を3度見送る。
大川町から通ってるが、いつもの事で、仕事で新しい食品サプリの開発チームと今日は会議がある。 そこへ、線路内にスマホを落としたと若い男性がオロオロしていた。
「私が取ってきてあげますよ」
30代くらいのスラリとした女性がホームから下に飛び降りてしまった。
僕は咄嗟に「電車が来る!危ない!」と叫んで周りは騒然となったが、その女性は物凄い身のこなしの速さでスマホを取りホームの下に隠れ、1分後にそこを電車が通過した。それからホームによじ登ってきた女性は何事も無かったかのように「はいこれ、スマホ」と言って男性にスマホを手渡し、颯爽と立ち去って行ったのだ。なんだか映画みたいな展開にしばらくぼーっとしていた。

「今日の会議、テレビにもちらほら出てた栄養管理士マイスターの岡坂舞子が来るって。なんでも昔は英会話講師も塾講師もしてたらしくキャリアウーマンで男も寄せ付けない感じで友達も恋人も居ない、飼ってる猫のミーコが唯一の癒しで、気の強そうなバリバリの美人の女性だよ」
会社に着くなり同僚の杉野大地は、僕に情報を吹き込んで来た。
僕は、テキトーにあしらった。僕の癒しと言えばお上品で大和撫子で有名なアイドルの舞島聡子ちゃんだったのだ。
パソコンで仕事してると間もなく会議が始まった。例の岡坂舞子が姿を現した。それが今朝、スマホを取りにホームから線路に飛び込んだ女性で、僕はギョッとした。
「皆さんこんにちは。今日お世話になります岡坂舞子です。栄養管理士マイスターをしております。最近は猫のミーコの為にテレビの仕事を減らして主に自宅で執筆活動をして本を出しております。栄養管理士と言っても、ファミリーマートのファミチキはなぜあんなに柔らかいのか、お弁当用ハンバーグをおかずにしたっていいじゃない、なぜ温泉料理には茶碗蒸しが出てくるのか、とゆう毎日です、よろしくお願いします」
岡坂舞子はテレビに出てたからか口が達者で、会議室は笑い声ひとつ起こら無かったのだが、僕は想像してたよりいい加減な女性で話が面白かったのだ。
岡坂舞子のシャキシャキとした様子で会議は引き締まっていた。僕は彼女に質問もなければ一言も話さなかった。
そんな会議も午前中に終わり、午後からパソコンとにらめっこで仕事が終わる。

仕事帰り、江戸川乱歩の小説を読みながら電車に揺られよう、と思ったら今朝の会議の岡坂舞子が同じ車両に乗っているではないか。なんだか気になる。僕は追跡しようと思い、ずっと彼女の様子を伺っていた。同じ駅で降りて後ろから着いていく。なんと、行先は桜満開の墓地だった。
「さっきからなんですか?ずっと着いて来てるような気が」
彼女は不意に僕に話しかけてきて、ストーカーがバレてたらしい。
「すみません、今朝の会議でご一緒した安野友朗です。気になってあとを着けて来てしまって」
「そうなの?ここの墓地、オバケが出るのよ。私そゆうの好きで心霊スポット巡りなの」
「そんな馬鹿な!」
「こないだは、ここの手洗い場の蛇口から勝手に水が出始めたのよ」
「妄想じゃないですか?なんか怖いですよ。もう辺りも暗くなってるし」
「ホラーとか好きなのよ」
「多趣味ですね」
僕もホラー映画は観るけど、流石に実生活となると怖い。
「先に帰りますね」
「私、実は結婚してるの。相手は中学時代の同級生なの」
「そうなんですか!それも虚言癖ですか?なんだかおかしな話だなあ」
そこへ赤いジャージを着たイケメンの男性が現れて
「まいちゃん、今日もここへ来てたのか。こちらの方は?どうもすみません。嫁なんです。」
ほんとに結婚相手が現れたのだ!
「いえいえ、今日知り合ったばかりで、僕は先に帰りますね」
墓地をあとにしようと思った瞬間、紺野家とゆう墓が目に入ったのだ。石碑には朝子享年日付歳まで書かれていて僕と同い年だ。
「紺野朝子が!」

僕は帰るなり、友人の真二に電話すると
「紺野朝子なら元気にピンピン生きてるよ。なんでもこの間オフ会があったらしく、昔のいじめられっ子の様子から変わってなくて気の弱そうな子だったけど、学生時代とは変わってみんなでワイワイしてたって」
「同姓同名だったのか、紺野朝子ってオバケじゃないよね?」
「友朗、なんかおかしくなったのか?同窓会に来いよ笑。それから紺野朝子、友朗から浮気して2組の渡辺が好きだったんだってさ」
僕はなんだか吹いた。
なんか今日は色々あったなあ。
今晩の我がアイドルの舞洲聡子ちゃんの動画でも観て癒されよう
「皆さんこんばんは。舞洲聡子です。実はこの度結婚することになりました。お相手は男性アイドルグループの八嶋康二さんです」
実家からこの街に出てきて一人暮らしの身にコンビニ弁当が染みるなあ笑


終わり



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