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PinoさんとPascalさん

市場最寄りのメトロ駅で降りると、Mヨシさんは「ここに居るはずなんだけど…」と、小さなカフェを覗き込んだ。

「おっ、居たいた!Salut〜!」

私もMヨシさん、タカシくんに続き、小さなスタンド式カフェに入って行くと、黒髪をポニーテールにしたスティーブン・セガール似のオジサンがいた。

「タカシ〜」「オ〜Pinoさんボンジュール〜」

タカシくんも面識があるらしく、小突きあいをしてじゃれ合っている。

この人がふんどしの人か…。

慌てて挨拶しようと「ボ…」と口を開いたら

「Bonjour,monsieur!」と被せて来て、イシシシと隙っ歯の前歯を見せて笑っている。

「mitsuyoさん、この人はピノさん。僕と同じ道場で居合道やってて日本好きなの」

オジサンに見えたが、まだ30代前半で、本業はグラフィックデザイナー。
当時日本でもポツポツ見かけていた日仏のカルチャー冊子の発行をMヨシさんと一緒に手伝ったりした仲間のようだった。

…とはいえ歯に挟まった牡蠣を楊枝でシーシーしてガハハ、ウシシと笑う庶民的で愉快なオッサンではあった。

皆で連れ立ってパリでも庶民的な市場、マルシェ・アリーグルを冷やかして周り、市場一角にある立ち呑みワインバーで、今朝採れたばかりの牡蠣と冷えたシャブリを午前中からご馳走になった(メルシー!ピノさん)

ワイン樽をテーブル代わりにした店先で、レモンをギューっと搾り、つるんと食べた牡蠣は潮の香りがして、クリーミーで最高に美味しかった…!発酵バターをチーズのようにどっさり塗った塩味の効いた全粒粉パンも牡蠣と白ワインに合って最高だった(思い出して唾が出る私…)

程よく酔っ払って皆でガハハ、ウシシ、とクダを巻き?昼を回り、店を出てバスティーユ方面に歩いて行く。途中、約束があるから失礼しますとタカシくんが消えて行くと次の角からテンガロンハットを被った背の高いフランス人が合流した。

これまた冊子編集に関わった人で名前はパスカルさんと言った。
パスカルさんは丸顔の長身で、当時のサッカー日本代表監督だったトルシェ監督になんとなく似ていた。
さっきの牡蠣は前菜で、ちゃんと昼ごはんを食べようと11区辺りでレストランに入った。

パスカルさんは日本人に慣れていないようで、私を見て、何故日本人なのに髪が黒くないんだ(カラーリング全盛期でした)何故肌が白いんだ(秋田の血が半分入ってるんよ)何故そんなに痩せてるんだ(当時はスリムだった。遠い目…)と質問攻めにされた。
ピノさんは少し日本語が話せたのだが、パスカルさんが入って会話がフランス語と英語が混ざり合い、誰かが誰かに説明する形となった。
Mヨシさんは英語で話していた。

話がまた私に戻り、明日の午後の便で日本に帰ることを知ると、ピノさんが言った。

「mitsuyo、今日が最後の日曜日だ。パリでやり残したことは無いか?」

朝から白ワイン、ランチに赤ワインと程よく
酔いが回っていた私は下手くそなフランス語も構わず饒舌となっていた。

これが3回目のパリ旅だったが、まだ依然としてド定番の場所を訪れていなかったのを思い出した。

「やり残したこと…えっと、エッフェル塔に昇って、バトー・ムーシュに乗って、コンコルド広場の観覧車に乗りたいな(当時期間限定設置だった)」

朝っぱらから皆で遠足気分で出歩いていたせいで、かなり調子に乗ってハイになっていた。

するとピノさんが言った。

「よし、もう日曜日も半分過ぎた。エッフェル塔、バトー(船)、グラン・ルー(観覧車)!三箇所だ!急がないとな! じゃあ、ここで(一緒に廻る)パートナーを選べ!」

さっきまで皆でガハハと和んでいたのに、ピノさんの一言で3人とも会話を止め、ニヤニヤしながら私の返事を待っている。

なぬ、コレは何かのゲームなのか…!?

「…皆んなで一緒に行くんじゃなくて?」

「ダメだ。デートは2人でするもんだ。」

「ウーン…じゃあパスカルさん!」

3人とも顔を見合わせた後、パスカルさんは、え…オレ?みたいな鳩が豆鉄砲喰らったような顔をした。

今の私ならその選択は間違っていると分かるが、当時ピノさんは完全にお笑い要員だったし、Mヨシさんは日本人だけど、ちょっと近寄り難くて謎が多い人だった(そしてその席で爆弾発言をしたのを酔っていても私は聞き逃さ無かった!)

失礼ながら消去法で選ぶと、1番ステレオタイプなフランス人のパスカルさんとデートするのが無難な気がしたのだ。

トイレに行ってメイクを少し直し、これはひょっとしたら、ちょっとした冒険になるな…とは、一瞬頭をよぎったが、ほろ酔いも手伝い、かなり気が大きくなり浮かれていた(Attention!surtout touriste japonaise!)

「Je suis prête!(用意出来ました!)」

ピノさんが大袈裟に泣き真似をし、Mヨシさんが「パスカル、アパルトマンまで彼女を送り届けてね!」と手を振っているのを背に、大きなパスカルさんと小さな日本人は手を繋いでレストランから出発した。

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