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『英雄』と『無名の兵(つわもの)』

歴史好き、戦記好きな男子は馬に跨り立派な甲冑を着た英雄に一度は憧れるものだ。自分も例外ではなく、かつては軍記物語の英雄に憧れた。しかしそれは自己の思考を投影できるモチーフでは無いと気づいた。

キラキラした希望を抱いていた学生時代と違い、社会で揉まれてすり切れた自分には、「英雄」というのは疎ましい存在だった。クリエイティブ業界の「若き英雄達」のカゲで肩身を狭くしている自分にとって、英雄とはいつしか斃すべき対象、仮想敵となっていた。

そんな自分の屈折した心境を投影するにピッタリなのは、軍記物語に度々登場する、「無名の兵(つわもの)」であった。(実際には作中で名前が紹介されるので、本当に名前の記載が無いわけではないが)ここでいう「無名の兵」とは、政治的、戦略的に影響力が無いが武芸に優れた一兵卒の事である。

「無名の兵」の有名所で言えば平家物語の「那須与一宗隆」。彼はの屋島の戦いの、ほんの一場面にしか登場しないのに、読者に大きなインパクトを残している。己の特技を極限まで研ぎ澄ませて、只一度のチャンスに賭ける姿は職人的なスペシャリストだ。

軍記物語には那須与一に限らず魅力的な「無名の兵」が数多く登場する。英雄の身代わりになり壮絶な死を遂げる者、あと一歩まで英雄を追い詰める者、彼等はほんの一場面しか登場しないにも関わらず、中世武士の生き様を刻み付けてくる魅力的な存在だ。

現在二話目を制作中のオリジナル漫画、『兵(つわもの)死すべし』も、そんな無名の兵にスポットを当てた作品である。主人公の須々木四郎は謎の多い弓の名手で『太平記』に登場するが、とてもインパクトのあるシーンを残して去って行くだけの存在だ。

英雄にはなれずとも、誰かの記憶に残る仕事を1つは残したいものである。






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