見出し画像

あなたを傷つける私

「あなたのことを傷つけたいと思って傷つけているんじゃないのよ。あなたのことを好きだし、傷つけたくなんてないの。だけどこれは仕方がないことなのよ。あなたにはそれをわかって欲しいの」
 と彼女は言った。

「うん、僕は大丈夫だ。君を愛しているから」
「ありがとう、さよなら」
 そう言って、彼女は僕の元を去っていった。

 彼女は他に好きな人ができたのだという。
 僕は彼女を独占したいだなんて思っていなかった。
 彼女は自由だ。
 鳥のように。
 Free as a bird.

 彼女は「ありがとう、さよなら」と言った。
 「Hello, goodbye」じゃないんだ、と僕は思った。
 Thank you, goodbye.

 宇多田ヒカルの歌にありそうだな、と僕は思った。
 いや、それはビートルズだろう、と一人で自分に突っ込む。
 そう、僕は一人だ。
 僕は一人。

 音楽を聴こう。
 こんなときは音楽を聴くのがいい。
 僕は一人なんだから。

 寂しさも、楽しい。
 一人も良いものだ。

 彼女を失っても、僕は生きている。
 失ったのは彼女だけだ。
 僕は僕だ。
 何も変わらない。


 警察から電話があった。
 彼女が男を刺したのだという。
 彼女には身寄りがなかったので、僕に連絡が来た。
 僕は身柄を引き受けた。
 男は彼女を訴えないとのことで、僕は彼女をアパートに連れ帰った。

 彼女は黙っていた。
「大丈夫、僕がいる」
 と僕は彼女に言った。
「あなたを傷つける私を、ここにおいてくれるの?」
「もちろん」
 僕は村上春樹の小説の真似をした。
 「ノルウェーの森」を思い出していた。
 Norwegian wood.

「君がしあわせなら、僕はうれしい。だけど僕は君をしあわせにすることができない。君は自分でしあわせをみつけて欲しい」
「私のしあわせって何?」
「それは僕にはわからないよ。自分で見つけないと。だけど君はずっとここにいていいよ。好きなだけここにいていい。ほかでしあわせを見つけられるまでは、ここにいればいい」
「ここにはしあわせはないの?」
「残念ながら、ここにはしあわせはない。ここは休憩所だよ、しあわせを見つけるまでの」
「だったらずっと休憩していたい。しあわせなんていらない」
「どうぞご自由に」

「あなたを傷つける私でごめんね」
「僕を傷つける君でかまわないよ。僕はそんな君が好きだから」


おわり。

もしも僕の小説が気に入ってくれたのなら、サポートをお願いします。 更なる創作へのエネルギーとさせていただきます。