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差別の構造について

差別というものを考える時、「では差別とはなんなのか」という問いに答えることは案外難しい。そもそも歴史的に差別というものが望ましくないと公的に扱われ出したのは比較的近代になってからであり、それと対になる人権という概念それ自体も新規なものである。むしろ、人種や階級による差別自体が「自然」である時代の方が長く、馴染んだものであったといってよい。このことは踏まえて考える必要があると思う。
国連によれば差別とは、「差別には複数の形態が存在するが、その全ては何らかの除外行為や拒否行為である」とある。日本大百科事典において、「差異や種類別によって分けることが区別distinctionであるが、これをもっと狭く限定した概念が差別である。しかし現在、差別とはなんであるかという定義がまちまちであり、多くの場合、たとえば法律の分野においてさえも、差別と区別は使い分けられていない」とある。ブリタニカ国際大百科事典においては、「特定の個人や集団に対して正当な理由もなく生活全般にかかわる不利益を強制する行為をさす。その差別的行為の対象となる基準は自然的カテゴリー (身体的特徴) の場合もあれば,社会的カテゴリー (所属集団) の場合もあるが,いずれにせよ恣意的な分割によって行われる」とある。広辞苑では、「差をつけて取りあつかうこと。わけへだて。正当な理由なく劣ったものとして不当に扱うこと」とある。
以上のを踏まえて差別というものを見てみると、差別とは、①特に集団内における除外•拒絶行為であること、②それらは恣意的(主に強者から弱者へ)に行われること、③生得的な面と社会文化的な面に渡って行われる行為及び言動であるといえる。
現代においては、差別というものが許されないものであることは自明なことであるとされるが、社会的に差別が根絶されたとは言い難い。そもそも人間の本性としてそれが可能であるとは思えないのだが、ともかくも私たちの社会というものはそういった現象の克服に努めようとしている。
差別という現象を考える上で、私は「非常民」という言葉に出会った。これは民俗学における言葉及び概念であり、そこには柳田民俗学におけるアンチテーゼという意味合いも持つ。柳田國男の眼差しの中にある民衆というものを常民とするならば、そこから排除された人々というものも存在するはずである。だが、日本の伝統的な民俗学(柳田民俗学)とは、それらから意図的に目を逸らしてきた。赤松啓介は「非常民の民俗文化 生活民俗と差別昔話」において、非常民について以下のように書く。

「私のような育ちの者は、民衆、市民、常民の端にも加えてもらえないのではなかろうか。それが長い間の、私の疑問であった。世間で言う民衆、市民、あるいは柳田の常民には、どこかで切り捨てている部分がある。
てめえらは人間でねえ、犬畜生にも劣る屑だという感覚が、どこかにあるのだ。私はいわゆる部落出身ではない。私も部落差別の強い地方で育ったから、子供の頃から部落差別をする方の経験をしている。長じて、いわゆる世間に出てみると、てめえは人間の屑だと、どこかで頭を押さえつける部分があった。しかし、ここから、ここまでが民衆、市民、常民であり、これ以下はそれに入れない人間の屑だという、そのラインが分からない。……仏教でいう大変な因果と幸運の下に生まれてきた人間世界なら、それだけで十分ではないのか、この上なにを望むことがあるのだろう。それが私の、小さな疑いであった」

赤松自身は、触れているように差別意識の強い地域で育ち、また自身も差別をしてきた体験も持つ。そして若い頃から職を転々としその中で社会の中のいわゆる一般の市民(常民)とはいえない、との感覚を強く持っていく。非常民という、いわば一つの社会的階級的な境界は、現代風に言えば被差別民とも表現すればいいのだろうか。
「非常民」という言葉には、当然「常民」という前提があり、それに非ず、そうではない人々という意味合いと感覚が非常民という言葉にはある。そこには強者(社会)による排除、拒絶があり、そこには縦の構造が存在している。赤松はこうした常民/非常民という構造について、共同幻想という視座を用いて説明をしている。

「民衆、市民、常民、ありゃなんじゃ。どこにも実体のない、われわれの共同幻想だ。どうしてそうした共同幻想が必要なのか。門地、学歴、資産、等、これで制限しないことには、みんなが一列一体に民衆、市民、常民になったのでは面白くない。といって明確なラインを引けば、不平、不満の連中が革命を起こしかねないだろう。押せば引き、引けば押す柔軟構造にしておけば、そうした危険分子は、俺は市民、民衆、常民だと幻想を共有してくれる」

つまり、常民と非常民には明確な境界というものは実はないのだ。強者の実態というものも、こうした視点でいうならば曖昧なものとなるだろう。差別の主体とは曖昧なものである。それはある場所や階級では差別をしていた主体が、また異なった場所や階級へ行ったときには差別をされる対象になるのとよく似ている。赤松自身の冒頭の感覚がまさにこれと重なる。
それは人々の感覚(共同幻想)によって成立しているものであるといえる。そして、それは皮肉にも雑多な人々がある程度の秩序とまとまりを形成するための処世術でもあるといえる。
そして、より深く考察するなら私たちの中にある自己と他者との境界意識というものが、この差別という現象の根底にはあると私は思うのだ。それは原初的な人の認知構造である。
他者というものは、それ自体が曖昧な対象であり変形可能なものであり、そうであるが故に特定の集団や階級、社会文化と結びついた時には、容易に排除や拒絶の力学が働く構造を持つ。これを現代的な文脈(例えば人権や反差別)で読み解いていくことの限界性というものを私は感じる。
差別というものは、社会の中に根づく人間の本性のようなものであると思う。非常民とは、そこから排除された人々を指すものだが、それは必ずしも過去の過ぎ去った現象を表すものではなく、現代における非常民というものも間違いなく存在していると改めて感じる。

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