見出し画像

獣人世界大戦④〜機械仕掛けの優雅なお茶会

GWはつい予定が狂ってしまいますね。ペースを取り戻さなければ。
てなわけで、PBWで書いた作品です。

https://tw6.jp/scenario/show?scenario_id=55909

● Graceful tea party
 雲を映して灰色に染まる海を、狂気艦隊は往く。
 超大国の一つ、クロックワーク・ヴィクトリア。蒸気魔法文明とUDCを擁する王国は、ロシアの首都・サンクトペテルブルクに向けて静かに、確実に侵攻を続けていた。
 周囲を威圧しながら進む狂気艦隊。余分を全てそぎ落とし、戦うためだけに存在する戦艦の内部はしかし、絢爛豪華な虚飾で満ちていた。

 鋼鉄の廊下を抜けた先は、ヴィクトリア朝の洋館だった。
 美しく整えられた庭園に面する居間パーラーには、どこから採光しているのか、暖かな日差しが差し込んでいる。繊細な彫刻が施された机と椅子がいくつも並べられ、完璧に整ったドレスを纏いお茶会に興じているのは紳士淑女たち。ーー否、紳士淑女の姿をした蒸気人形達だ。
 ビスクドールのように整った顔立ちの紳士淑女達が、完璧な作法とドレスコードに則りアフタヌーンティーを「楽しんでいる」。
 まるで異空間に迷い込んだかのような異質なお茶会は、下界の戦争など意に介す様子などなく優雅に続いていくのだった。

● グリモアベースにて
 グリモアベースに集まった猟兵達の前に立ったリオン・リエーブル(おとぼけ錬金術師・f21392)は、集まった猟兵達を見渡すと猫のシルクハットをくるりと回した。
「集まってくれてありがと! 早速だけど、皆には完璧な紳士淑女になって欲しいんだ」
 どういうことか、と問う猟兵達に、リオンはにんまり笑うと詳しい説明を始めた。
 獣人戦線で、『はじまりの猟兵』を狙って全ての超大国が大きく動き始めたのだ。巻き起こる獣人世界大戦の戦火は、放置すれば獣人戦線の世界を完膚なきまでに蹂躙してしまうだろう。
 狂気艦隊の戦艦を動かしてる機関室を破壊するためには、そこに至る道すがら優雅にお茶会している蒸気人形達の中を通らなければならない。そのためには、紳士淑女の作法ヴィクトリアン・ルールを修めた完璧な紳士淑女であることを蒸気人形達に示すことが必要になる。
 蒸気人形達を戦闘で倒すのは不可能。もしお茶会で紳士淑女を示せなければ、速攻叩いてすぐに逃げるという作戦にシフトすべきだ。
「アフタヌーンティーの作法に則ってお茶会を楽しめば、必ず先に進めるよ。せっかくの機会だから、ドレスアップして優雅にお茶会を楽しんできてね。その余裕が、紳士淑女たるゆえんなんだから」
 リオンはふふん♪ と微笑むとグリモアを展開し猟兵達を導いた。

 オープニングを読んでくださいまして、ありがとうございます。
 マスターの三ノ木です。
 ヴィクトリアン・ルールな午後の紅茶を、心行くまでお楽しみくださいませ。

 概要はオープニングの通りです。
=============================
 プレイングボーナス……紳士淑女の作法ヴィクトリアン・ルールに従い、完璧な紳士淑女として振る舞う/迅速に破壊工作を行い、撤退する。
=============================

 よろしければヴィクトリアン貴族な衣装を纏って優雅なお茶会をお楽しみください。チェシャ猫リオンは出てきません。
 お茶会の詳しい内容などは、プレイングで指定いただければ大抵反映させます。
 今回は5月10日(金)16時が締切です。この日までには必ず完結させます。このため多数のご参加をいただけた場合、プレイングに問題が無くてもお返しさせていただく場合があります。
 プレイングはすぐの受付です。

 それでは、良きお茶会を。


 贅を尽くしたヴィクトリアンハウスに足を踏み入れた中村・裕美(捻じくれクラッカー・f01705)は、見事に整えられた美しいパーラーに思わず遠くなる意識をかろうじて繋ぎ止めた。
 キンキンキラキラ贅沢三昧。紳士淑女がしゃなりしゃなり。リア充を憎み、ネガティブ思考に走り勝ちな裕美には、自分とは真逆のテイストを醸し出すこのキラキラワールドは眩しい。眩しすぎる。こういう世界は電脳の奥側で繰り広げられるドラマを画面越しに覗き込むのが一番いい距離感なんだよ。リアルに足を踏み入れるには足りないものが多すぎる。
 ネガティブ思考に走りかけた裕美は、美しい空間にワクワクした様子のグラース・アムレット(ルーイヒ・ファルベ・f30082)に眩しそうに目を細めた。
 UDCアースで裕美がーー否、第二人格のシルヴァーナが選んだドレスを身に纏ったグラースは、ネガ視線で見てもよく似合っている。
 サーモンピンクに黒のベルベットリボンをアクセントにあしらったヴィクトリアンドレスは、グラースの魅力を更に引き立てるデザインを選んだはずだ。キュッと絞ったウエストから胸元にあしらわれたレースのラインが良いアクセントになっていて、ふんわり広がったドレスを翻して歩く姿はまるで春の野を飛ぶ蝶のよう。幾重にもギャザーを寄せたドレスの足元は、薔薇をあしらったローヒール。
 彼女の見立てに間違いはない。翻って自分はどうか。自分のドレスを見下ろした瞬間、裕美は潔く第二人格にバトンタッチを決意した。もういやだ理由もなく恥ずかしい。ドレス選びも丸投げした第二人格と交代した裕美は、魂の奥でいつものジャージに着替えるとホッと安堵の息を吐いた。
 裕美の第二人格であるシルヴァーナは、にっこり微笑むと調度品に駆け寄りかけたグラースにそっと歩み寄った。
「わあ、見てくださいあのキャビネット。装飾の細やかさ、繊細さ。磨き抜かれたこの飴色。凄く……勉強になる気がします……!」
「確かに、素晴らしい品ですわね」
「うん……じゃなかった、ええ。とっても」
 おっとり話しかけたシルヴァーナの声に、グラースは慌てて姿勢を正す。ここはヴィクトリア朝のアフタヌーンティーパーティ会場。茶会に招かれるお嬢様は、この豪奢な感じが日常なのだ。
 そんな空気を正しく受け取り姿勢を正したグラースに、これまたシルヴァーナが見立てたドレスを纏った藤崎・美雪(癒しの歌を奏でる歌姫・f06504)がそっと何やら話しかけている。
 赤をテーマに選んだグラースと並んだ美雪は、紺と青をテーマカラーに選んだシックなもの。シンプルな中にあしらったレースやリボンは、シンプルと地味は似て非なるものだと視覚で訴えかけてくる。光沢のある生地に効果的に寄せたギャザーが波のような質感を醸し出し、同色の糸で施された花や蔦の刺繍やレースは見る者が見れば唸るような美しさで。二人ともお嬢様レベルは高くないと自己申告していたが、この場の空気に違和感なくなじんでいる。
 自分の見立てに満足したシルヴァーナは、おっとりお嬢様レベル1500をいかんなく発揮すると、応対に出てきた蒸気人形のメイドににっこり微笑んだ。


 目の前にある見事な調度品の数々に、グラースは目を輝かせた。UDCアースのヴィクトリア時代は、大英帝国が最も輝いていた時期。世界中から様々な品が集められ、時代的にも芸術が盛んだった輝ける時代。その時代を冠するクロックワーク・ヴィクトリアが誇るティーパーティ会場だ。戦艦の中で、戦争中だということを忘れさせてしまう見事さだ。
 美術館や博物館に収められるのが普通な品々に、シルヴァーナは小さくため息をつくと思わずそれらに駆け寄ろうとした。
「わあ、見てくださいこのキャビネット。装飾の細やかさ、繊細さ。磨き抜かれたこの飴色。凄く……勉強になる気がします……!」」
「確かに、素晴らしい品ですわね」
「うん……じゃなかった、ええ。とっても」
 シルヴァーナの声に姿勢を正したグラースは、茶会の風景に微笑みを浮かべると口元を羽扇で隠した。いけないいけない。居間パーラーの見事さに思わず駆け寄ってしまうところだった。
 優美な曲線を描くキャビネットの磨き抜かれた硝子戸に映ったシルヴァーナの姿を見たグラースは、そこに映る姿に少し微笑んだ。
 このドレスを選んでくれたシルヴァーナは、紫のドレスを纏っている。キュッと絞った上半身に、縦ラインに布を変えたデザインのドレスがよく似合ている。胸元から膝にかけてはシンプルに深紫の生地の質感を生かし、背中からスカートにかけては紫の糸で刺繍を施した白い生地。微笑を浮かべたグラースは、そっと隣に立った美雪の声に振り返った。
「……よく似合っているではないか」
「ありがとうございます。こういったドレスを着るのが初めてなので、何だか魔法がかかったみたいです」
「私も紳士淑女の作法は身についていなくてな。一応一夜漬けで頭に叩き込んではいくが……絶対アラが出そうで困る」
 思わず天を仰ぎかけた美雪に、グラースも微笑み頷いた。普段はアックス&ウィザーズで日々気ままに暮らしているから、こんなドレスを普段着にはしていない。だが、グラースも猟兵。この先に進むために必要ならば、完璧な作法を披露……するよう努力しよう。
 メイド蒸気人形に導かれてこの茶会の主である蒸気人形・マダムの前に立ったシルヴァーナは、ドレスの裾をつまむと優雅に一礼した。
「初めまして。わたくし、シルヴァーナ・セリアンと申しますわ。この度は素敵なお茶会にお招きいただきましてありがとうございますわ」
 エレガントに裾をつまみ一礼する姿に、グラースはにっこり微笑むとシルヴァーナと同じようにドレスの裾をつまんだ。
「初めましてマダム。わたくしはグラース・アムレットと申します」
「藤崎・美雪という。本日は楽しませていただこうと思う」
 完璧な作法で挨拶したグラースと美雪の姿に、マダムはぱあっと顔を明るくした。
「まあ! まあまあよくいらっしゃいました。本日のお茶会、楽しんでらしてね」
 三人を疑う様子もなく迎え入れたマダムに一礼し、案内された椅子につく。談笑してしばし、運ばれてきたかぐわしい紅茶の香りに目を細めた。


 二人と共に慣れないお嬢様会話で盛り上がった美雪は、広がる優雅な世界に座りの悪さを感じていた。普段はアックス&ウィザーズで気ままな暮らしをしているというグラースと同様、美雪もまたUDCアースの山奥で隠れ家喫茶を営んでいるのだ。ヴィクトリアンな世界には縁があまりない。
 運ばれてきた瀟洒な彫刻が施された繊細な銀のティースタンドには、下からサンドイッチ、スコーン、ケーキと並び順も申し分ない。
「それでは、いただきましょうか」
「紅茶の香りに癒されますねぇ。こういうひと時を思いきり楽しむのは、どの世界も一緒なのかしら」
 しみじみと味わうグラースに、美雪も心から頷いた。ストレートティーをいただきながら会話を楽しんだ美雪は、完璧な組み合わせで供されていたスコーンとジャムを皿に取り分けた時、皆のティーカップが空になっていたことに気が付いた。
 三段のティースタンドには、まだケーキが残っている。スコーンをいただくときも、紅茶が欲しい。あの見事なティーセットを使って、完璧な所作で紅茶を淹れて進ぜたい。
 同じことを思った訳ではないだろうが、シルヴァーナが周囲にチラリと視線を泳がせると空のカップを見下ろした。
「これはいい茶葉を使っていますわね。淹れ方も良いのかしら? おかわりをいただきたいですわね」
「ただいま」
 シルヴァーナの声に、メイドの蒸気人形が銀のワゴンを押しながら現れる。そこに乗せられた茶器一式に、喫茶店マスター魂がうずいて仕方ない。何かトラブルでもあったのか、ワゴンを置いて蒸気人形が立ち去った時、美雪は思わず立ち上がった。
「それなら、私は完璧な所作で紅茶を淹れて進ぜ……」
「まあお嬢様。こちらの給仕が何か不作法でも?」
 立ち上がった美雪に、マダムがゆっくり近づいてくる。しまった。ここは紅茶をサーブされるのを楽しむ場だ。客は自分で紅茶を注いだりしないのだ。任務失敗が頭をよぎり頭が真っ白になった美雪に、シルヴァーナがにっこり微笑んだ。
「いいえ。美雪さんは、いつか茶会の主として紅茶を手ずからサーブするのが夢だとおっしゃっていて」
「そのために、普段から練習されていると伺って。いつか私たちもご招待してくださいね、なんて話していたんです」
「そ、そう。そこへその蒸気人形が席を外されましたから、つい」
「まあ、そうでしたの」
 シルヴァーナとグラースの援護射撃に内心感謝した美雪は、蒸気人形のアイセンサーから送られる視線に笑顔で応えた。さて、マダムはどういう反応を示すか。戦闘も覚悟したつかの間、マダムは席を用意させると美雪たちの席についた。
「あなたがティーパーティの主にふさわしいか、見届けて差し上げましょう」
「喜んで」
 一礼した美雪は、用意されたティーポットに歩み寄ると完璧な所作で紅茶を淹れ始めた。細心の注意を払いながらも肩の力を抜いて紅茶を支度する。紅茶の茶葉を吟味し、ミルクの種類も抜かりなく。ティーポットとカップを温め、湯の温度を確認し。所作は優雅に美しく。完璧な所作でロイヤルミルクティを提供する美雪に、二人と一機が茶器に手を伸ばしてしばし。最初に口を開いたのはグラースだった。
「とっても、美味しいです」
「ええ。素晴らしいですわね」
「ありがとうございます」
 二人の表情に、美雪はホッと胸を撫でおろす。後はマダムの反応だ。場の注目が集まる中、マダムがティーカップをソーサーに下した。
「……あなたはいつか、蒸気人形を代表する茶会の主人になれるでしょう」
「お褒めに預かり光栄ですわ」
 一礼する美雪に、マダムが立ち上がり立ち去る。突然バクバクしだす心臓を宥める美雪に、グラースは微笑んだ。
「お疲れ様ですわ。紅茶、本当に美味しかったです。戦いの前の、癒しの時間をありがとうございました」
「こちらこそ」
 微笑み合った三人は、お茶会を心行くまで楽しむのだった。


 紳士淑女が優雅に茶会を楽しむ戦艦の中で、ディル・ウェッジウイッター(人間のティーソムリエ・f37834)は目の前に供された紅茶やティーフーズに目を細めた。
 繊細なティースタンドは純銀製で、蔦の文様が掘り込まれている。茶器も調度品も、目を見張るばかりの一級品が揃っている。
 大英帝国が最も輝いていたヴィクトリア時代。世界中の富を独占し、独自の文化を花開かせた彼らがたしなむティーパーティとはどんなものだろうか。
 一礼したメイドの蒸気人形が、慣れた手つきで紅茶を淹れる。目の前に出される紅茶から立ち上る湯気と香気に、自然心が躍り出す。
 ティーソムリエとしての好奇心に周囲を見渡すディルに、相席となったテーオドリヒ・キムラ(銀雨の跡を辿りし影狼・f35832)が首を傾げた。
「ディル君は、お茶会のマナーに詳しいのかい?」
「人並みには。私は紅茶を愛してやまないので、この船の上ではどのようなお茶をとの出会いがあるか楽しみです」
「同じティーソムリエがいてくれると、とても心強いです」
 テーオドリヒの隣で微笑む稲垣・幻(ホワイトティーリーブス・f35834)が、出されたティーカップを手に取ると優雅な所作で口へ運ぶ。それを横目で見たテーオドリヒも、同じ所作で紅茶を口に運んだ。ほぼ同じ動きでお茶を楽しむ二人の姿に目を細めたディルの視線に気付いたテーオドリヒは、小さく咳払いすると明後日の方に視線を逸らした。
「流石に茶会のマナーについては、専門の君を頼らせて頂こうかと」
「私も仕事としてヴィクトリア朝の茶会を調べはしましたが、実物を知っている訳ではないので」
 謙遜する幻に、ディルは首を横に振った。
「私もです。ですが、私たちは銀誓館ゆかりのティーソムリエの端くれ、恥ずかしくないよう楽しまなければ」
「同感です」
「俺も、これでも諜報官だかんな。場に合わせて口調や礼儀作法は合わせるさ」
 負けじと胸を張るテーオドリヒに微笑んだディルは、自分のティーカップを口に運んだ。美しい草花が描かれた白磁のカップの中に満たされていたのは、間違いなくダージリン。口に含んだ瞬間感じた、花や果実を思わせるみずみずしい風味。若葉のような瑞々しさとほどよい渋みが鼻孔を駆け抜け、まるで春の野に遊んでいるような心地になる。間違いない。
「これは、今年の春摘みファーストフラッシュのダージリンですね」
「ええ。それにしても……」
「お気に召しまして?」
 気配もなく掛けられた声に、ディルは驚き振り返った。
 この茶会を主催した蒸気人形の『マダム』が、白磁の頬を笑みの形に歪ませるとアイセンサーでディルを観察している。
 全身に感じるかすかな視線に、ディルは如才なく微笑んだ。


 クラシカルなドレスを纏った蒸気人形に、ディルが驚いて硬直している。こちらをじっと観察している蒸気人形・マダムの姿に、幻は微笑んだ。
「お招きに感謝をマダム」
「ご機嫌よう、マダム。此度はお招きいただきありがとう」
「ようこそいらっしゃいました。我が艦自慢のティーパーティ、お楽しみいただけて?」
「ええ、もちろん」
 驚きから立ち直ったディルもまた、完璧な笑顔で受け応える。にこにこしながらも漂う微妙な沈黙に、幻はカップをソーサーに置いた。
 通常のテーブルに座ってお茶をいただくときは、ティーカップのみを持ち上げる。片手の指三本でつまみ、持ち手の中に指は通さない。カップに置くスプーンの位置は奥側に。
 完璧な所作で紅茶をいただいた幻は、サンドイッチを皿に取った。ティースタンドに供されたサンドイッチは、一口でいただくには大き目な長方形。これはマナーを試されている。マダムの意図を感じ取った幻は、自分の皿にサンドイッチを寝かせた。
 フォークとナイフを手に取り、一口大にカットして口に運ぶ。薄くスライスされた柔らかなパンに挟まれた薄いキュウリは歯触りがよく、マスタードのほどよい酸味がアクセントになっている。
 調度品や天気の話など、当たり障りのない会話を楽しみながら完璧なマナーを見せる三人に、マダムは満足したように微笑んだ。
「ごゆっくりなさってくださいませ」
「ありがとうございます」
 観察をやめて他の席に移るマダムの姿に、幻は胸を撫でおろした。次にマダムに目をつけられたテーブルでは、何かマナー違反があったらしい。四体の蒸気人形がメイドにつまみ出されているのが見えた。
「少し、緊張したね」
「無事にやり過ごせて何よりだよ」
 微笑み合った三人は、二段目のスコーンを手に取った。クロテッドクリームと苺ジャムを乗せていただくスコーンは紅茶ととてもよく合っていて、ミルクのコクとベリーの酸味が心地よい。
 春の果物をふんだんに使ったスイーツまで心行くまで楽しんだ幻は、小さく合図するテーオドリヒの視線に頷いた。ディルもまた、笑みを崩さずカトラリーをこっそり懐にしまっている。
 見れば、他の猟兵達がマダムたちの気を引いている。今なら誰にとがめられることもなく機関部へ向かえるだろう。
 頷き合った三人は、そっと立ち上がると会場を後にした。


 フロックコートの裾を翻しながら機関室へ向かったテーオドリヒは、ふいに腕を組むディルを軽く振り返った。
「……しかし、最初にいただいたお茶。あれは間違いなく今年の春摘のダージリンでしたね」
「ええ。あの金の液色にあの風味。間違いありません」
「そうなのか」
 深く頷く幻に、テーオドリヒはとりあえず頷いた。テーオドリヒにブラインドでの紅茶のテイスティングはできない。だが、最初に飲んだあの紅茶が一番美味しかったのは間違いない。
「あの紅茶、輸送ルートが気になります」
「そうだな」
 輸送ルートの話に、テーオドリヒは深く頷いた。ダージリンの茶葉を産出するのは、インド北東部に位置するダージリン地方。獣人世界大戦の影響も受けていることだろう。
「それに、船の上でこのような高品質な食べ物を提供する催し物も開けるとは、クロックワーク・ヴィクトリアという国はやはりかなりの経済力・国力を持っているのでしょうね」
「間違いないな。この戦争で明らかになればいいが……着いたぞ」
 話をしながら先頭を進んでいたテーオドリヒは、警戒しながら武骨なドアを開けた。薄暗い機関室からはむせ返るような蒸気の熱と規則正しいタービンの音。唸りを上げる武骨なエンジンには、青白い文様がまるで動脈のように輝いている。
 魔道蒸気文明。その名を体現しているかのようなエンジンには、当然のように防護魔法が施されている。あれを破らなければ、ここを破壊することはできない。
 テーオドリヒの視線に頷いた幻は、カードを手に一歩前に出た。
「起動イグニッション」
 詠唱と同時に、Peace Maker for Tea Timeが手の中に現れる。モートスプーンのボウル部分のピアス細工を機関部の外装に引っ掛け、一気に剥いでいく。露わになり、魔道の光がより一層強くなった機関部を示した幻は、テーオドリヒとディルに場を譲った。警報が鳴り響き、敵が近づく気配がする。急がなければ。
「次は頼むよテオくん、ディルさん」
「ああ。ーー起動イグニッション」
 イグニッションカードから取り出した武装を構えたテーオドリヒは、周囲に浮かび上がる破魔の勾玉・Twilight Rain Dropに力を込めた。
「我が力と呼びかけに応えよ。世界を越えて来たれ銀の嵐よ!」
「銀の嵐には銀の食器が似合いですね」
 巻き起こる銀の嵐が、ディルの銀のカトラリーを巻き込み機関部に突き刺さる。吹き飛ばされた機関部が連鎖爆発を起こし、異常な音と熱を放つ。
 爆発を確認した三人は、即座にその場を離脱するとグリモアベースへと帰還した。

『第六猟兵』(C)三ノ木咲紀/トミーウォーカー

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?