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獣人世界大戦⑭〜あなたの悲劇を私に見せて

 PBWのリプレイ転載します。
 グロ表現がありますので注意です。
 執筆期間 5/19 15時頃~18時頃、5/20 13時半~19時、21時~22時

https://tw6.jp/scenario/show?scenario_id=56405


 私が死んでどれくらい時間が経っただろう。
 ついこの間だった気もするし、100年経ったようにも感じる。
 私の慟哭は、押し込められた新しい器から溢れ混ざった血の海の悲しみ痛み苦しみ怒りとひとつになって誰かの断末魔の向こうに消えてしまう。
 もう私の輪郭なんて分からない。名前も忘れてしまった。
 どうして死んだのか、だれを殺したのか誰に殺されたのか何を失い何を得たのか。どこで生まれどうやって生き何故死んだのか。
 何も分からない。

 私が私と言えるのはただひとつ抱えた悲劇。
 切り刻まれた魂が、それでもと手放さないたったひとつの悲劇だけ。
 これを無くせばただの亡者。
 ひとつまみの自我すら無くし、苦しい痛いと泣くだけの亡霊になる。
 それだけはいや。
 ああ、でも。わからなくなってくる。私の悲劇はなんだったのだろう。

 お願い。見せて。あなたの悲劇を。
 あなたが失ったものは、私が失ったものに似てるはず。
 その輪郭をなぞれば、きっと思い出せるはず。
 私の悲劇を。
 だからお願い。私に見せて。
 私が私であるうちに。


「仕事だよアンタ達」
 表情をかけらも動かさず、パラス・アテナ(都市防衛の死神・f10709)は集まった猟兵達に語り掛けた。
「獣人世界大戦で、バイカル湖は獣人たちの血で溢れかえってることが判明したよ。ワルシャワ条約機構に虐殺された獣人たちの血や魂で、始祖人狼に力を与える儀式が行われてるんだ」
 胸糞悪い。吐き捨てるようにつぶやいたパラスは、グリモアに映し出されたオブリビオンの姿に視線を移した。
「アタシが予知したのは、「器人」と呼ばれるオブリビオンだ。繋いだ屍肉に別人の魂を定着させた人形だよ。何のためにそんなものを作ったのかは知らないが、碌な理由じゃないことだけは確かだ」
 入れられた魂はとうに擦り切れてしまい、もはや助けることはできない。彼らはほんのわずかに残った自我を守るために、殺戮の紋章を使い他人の悲劇を暴き出してくる。
 彼らと対峙した猟兵は、自分の悲劇を目の当たりにすることになる。心を強く持てば抵抗も可能だが、絶望した器人が最後の力を振り絞って攻撃してくるため激しい戦いになるだろう。

 突きつけられる悲劇とどう向き合い、どう答えを出すのか。

 悲劇を乗り越えることができれば、器人達の魂を慰め、安らかな眠りを与えることもできるだろう。
「アタシがアンタ達に突きつけているのは、せっかくできた瘡蓋かさぶたを剥がすような行為だ。だが、アンタ達なら乗り越えて、救うことができると信じてるよ」
 気をしっかり持つんだね。それだけ言ったパラスは、グリモアを展開するとバイカル湖への道を開いた。

 オープニングを読んでくださいまして、ありがとうございます。
 戦争シナリオ2本目をお送りします。

 今回はシリアスなシナリオです。プレイング冒頭に以下の記号をお書きください。無い場合はプレイングで判断します。

A 器人達が再現する「悲劇の記憶」に向き合い、寄り添い乗り越える
 悲劇の内容とその時の感情、どのように向き合い乗り越えたのかまた乗り越えられなかったのかをお書きください。この場合は戦闘は重視しません。もし倒したい相手がいれば、プレイングまでお願いします。
 アドリブ多め、描写盛りめになることが予想されます。
 アドリブ少な目をご希望の方は、お手数ですがプレイングまでお願いします。

B 強い心で「悲劇の記憶」を否定する
 悲劇の記憶を再現させずに器人と戦います。純戦になりますが、器人達の無念の声を聞き届けることはできます。

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プレイングボーナス……死者達の無念の声を聞き届け、真の姿を現して戦う。
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 プレイングは5/17(金)8:31~5/18(土)13時頃までの受付です。
 完結を優先させますので、プレイングに問題が無くても却下する可能性があります。あらかじめご了承ください。

 それでは、よろしくお願いいたします。

● 夜野の悪夢
 毎晩。
 目を閉じるとそこに浮かぶ惨劇は、夢と呼ぶにはあまりにも生々しすぎるものだった。

 UDCアースにある、山奥の平和な村。同じ顔触れ。同じ生活。毎日同じが続いていて、これからも続いて。進学か就職で村を出るまでは、「同じ」を繰り返すと信じて疑わなかったあの日々。
 小さな不幸せを見つけては文句を言い合い、不変に不満をぶつけていた幸せはあの日、無残に踏みにじられた。
 村に現れた狂信者は、尾守・夜野(自称バブ悪霊な犬神と金蚕蠱モドキ混合物・f05352)の幸せな日常を完膚なきまでに叩き潰した。
 ふらりと村に現れた狂信者は、言葉巧みに皆を村の小学校の校庭に集めた。
 そして始まった自殺ショー。自分の首を切って即座に再生してみせた狂信者に、村の皆は吸い寄せられた。
 不死の秘密を教えろと、自ら狂信者に詰め寄った八百屋の源さんは腹を裂かれ、こぼれた腸で自分の首を吊って死んだ。
 異常な死に場の人間は取り込まれていく。毎朝気候の話を振ってくる駄菓子屋のおばあちゃんも、ぶつくさ文句ばかり言うスーパーのハナエさんも、ちょっと憧れていた一学年上のあっちゃんも。
 狂信者に呑まれて皆死んだ。生きながらにして裂かれ生きながらにして焼かれ眼の前で同様の目に合う人を助けられなくて次は自分で。
 皆が狂ったように「死にたくない」と言いながら死んでいく魔宴サバトを目の当たりにした夜野は、皆を救いたくて必死に止めた。「死にたくない」と言うのだからまだ正気なのだろう。きっと何か悪い力で操られているだけに違いない。そんな淡い希望は踏みにじられるけれど、ほんのわずか残ったそれにすがりついて助けを求めた。
 助けてほしくて助けたくて助かりたくて、警察を呼んで警官も取り込まれて。そんなことしなければ警察官は助かったのか。自責の念だけは降り積もる。
 どれだけ願っても奇跡は起きない。血の海の中、嗤う狂信者。逃げる機会を失い、気付いたら一人だけ残されていた。
 あの時、夜野だけは狂気に呑まれなかった。だから目をつけられた。見世物を見るように夜野の抵抗を見守っていた狂信者に、腕を掴まれたところまでは覚えている。

 必死になって抵抗して、助かりたいと心から願って。
 でも、救いの手なんてどこからも来なくて。
 助かりたいと願った事が罪でしょうか。

 否。罪であるものか。
 助けたかった。助かりたかった。あの惨劇は宿敵を倒した今も、心に深く深く深く刻みつけられていて、じくじく痛む傷口は毎夜惨劇を見せつける。
 夢が過ぎ去るのをただ耐えていた夜野は、聞こえてくる声に目を見開いた。
「そう。そうだった。私はワルシャワ条約機構に命じられて、村の獣人たちを殺した。思い出した」
「……!」
「あなたも殺さなきゃ。この痛みを忘れいために」
「……そいつぁ許しちゃなんねぇだろう」
 意識を夢から引きはがした夜野は、立てた爪の下からあふれる血の感覚に意識を覚醒させた。惨劇の記憶は揺らいで消え、目の前にいるのは器人の姿。あの記憶を加害者側として体験した器人に、夜野は吠えた。
「駄目だろ! 受けちまった俺達だけは……! 広げちまうのは駄目だろうがぁ!!!!」
「嫌だ! 死にたくない死にたくない死にたくない! 死ぬくらいなら死んで!」
「馬鹿野郎が!!」
 かつて発した今際の叫びの残響が、夜野の耳を打つ。同時に流れ込む器人の慟哭が、魂を刻む。歯を食いしばる口の中に広がる血の味に、夜野は魂を暴走させた。
「俺は許さねえ。助けられなかった自分も皆を取り込んで生き永らえた罪も! もう二度と、同じことは起こさせねえ!」
 狂気に晒されながら駆けた夜野は、器人に怨剣村斬丸?を突き出す。両手を差し出し受け入れる器人の胸に切っ先が吸い込まれた時、握る柄に硝子を破壊するような手ごたえが残った。
 そのまま消え去る器人を見送った夜野は、ぶれる視界に膝をついた。絶え間なく襲う吸血衝動。自分の腕から流れる血にかぶりつきそうになった夜野は、かろうじてそれを堪えた。それをしてはいけない。それだけはいけない。
 襲う吸血衝動を堪えた夜野は、ふらふらになりながらもグリモアベースへと帰還した。

● ヘルガの化身
 闇夜に浮かぶ月が真っ赤に染まっているように、目の前に広がる湖も真っ赤に染まっている。
 どこまでも続く赤い湖。静かな湖面に映る月。死と静寂が支配するバイカル湖の湖面に、一人の女神ネメシスが佇んでいた。
 どこまでも続く赤に染まらぬ白の女神。空の赤にも湖の赤にも染まず佇む女神は、ただじっとこちらを見ている。
 彼女の視線を真っすぐ受け取ったヘルガ・リープフラウ(雪割草の聖歌姫・f03378)は、背筋に落ちる冷たい汗に小さく息を吐いた。
 紙のように白い肌。雪のように輝く髪。手にした剣に彫り込まれたのは翼の意匠。細身の剣から滑り落ちる赤は、誰のものなのか。
 昏い目をした白の女神。彼女と対峙するのはこれが初めてではない。
 闇の救済者戦争。かつてヘルガの故郷で起きた戦争に現れた彼女は、ヘルガと同じ顔で目の前の敵を引き裂いていた。

 冷徹に。
 容赦なく。
 情などなく。

 完膚なきまでに叩き潰すその姿は、果たして何と呼ぶべきものなのか。
 ヘルガの視線を真っすぐ受けた女神は、視線を逸らすと捕えられた一人の人間の男の許に歩み寄った。
「た、助けてくれ! 俺は確かにヴァンパイアに奴隷を売った! だが、そうしなければ姉さんが殺され……」
 それ以上男が言葉を発することはなかった。
 眉一つ動かさず、女神は剣を振るう。愛剣と同じ意匠の剣は女神の前に立っていた男の心臓を貫き、新しい赤を世界に撒き散らす。
「大丈夫ですか!」
 鮮血を吹き出しながら倒れた身体に駆け寄ったヘルガは、みるみる間に広がる赤に首を横に振る。致命傷だ。もう長くない。男の手を取るヘルガを、女神は冷徹に見下した。
「お前もヴァンパイアの仲間か」
「違います! あなたは何故こんな残酷な……」
「残酷?」
 口元を三日月に歪めた女神は、おかしそうに嗤うとわずかに残った男の命脈を絶った。
「オブリビオンに与するものはオブリビオン。私はそれを許さない」
「でも……!」
「許すまじ
 赦すまじ
 オブリビオン須らく滅すべし
 オブリビオンに与するものも同罪と知れ
 そいつがいなければ救われた命があったのだから」
 オブリビオンへの憎しみを露わにする女神に、ヘルガは首を横に振った。
 目の前にいるのは、あり得たかも知れないヘルガの姿。悪を赦さぬ清廉な心は、暴走の果てに何を生むのか。それをまざまざ見せつけられた気がした。
 ヘルガは、ただ無辜の人々を救いたいだけだった。彼らが巨悪に殺され踏み躙られるのが許せないだけだった。だが、その救世の願いが暴走した果てに何が待つのかを今、改めて見せつけられた。
「悪を許さぬ正義の心さえ歪み狂い果てるというなら、わたくしは何を信じればいいの?」
 泣きたくなかった。でも涙が止まらなかった。腕の中で冷たくなっていく男は、確かにオブリビオンに奴隷を売ったのだろう。だがそれは誰かを守るためで。
 何を信じればいいのか、まだ分からない。男は罪を犯し、罰が下された。大切なものを守るために罪を犯さざるを得ない世界。それでも。
 見開かれた男の目をそっと閉じたヘルガは、見下ろす女神を真っすぐ見上げた。
「それでも、わたくしは信じたい。幸せを願い隣人を想う人々の心が報われる未来を。弱さを慈しみ、勇気を信じて支え合う。それこそがわたくしの生きる証だから」
「その証、実現させてね」
 さっきとは違う声に見上げたヘルガの目の前で、女神の姿が村娘に変わる。膝をついた村娘が男の額に触れると、男の傷がみるみる塞がれていく。
 意識を取り戻した男は、村娘の姿に目を見開いた。
「姉さん……!」
「お願いよ」
「必ず」
 頷いたヘルガは、星導の歌ヒュムネ・ポラリスを歌歌った。天空に響き渡る祈りの聖歌は導きの星の力を宿した光の欠片を召喚し、村娘と男に舞い降りる。過去の恐怖を乗り越えた二人の姿が光の玉に変わると、ゆっくり天へと昇っていく。
 それを見送ったヘルガは、誓いを新たにするとグリモアベースへと帰還した。

● ユウの家族
 突然背中を打ち付ける衝動に、息が詰まった。床に叩きつけられたのだ、と理解したのは蛍光灯の光が目に入って眩しかったから。
 身体を起こそうとしたけれど、肩を潰すような重さで身動きも取れない。辛うじて頭を動かした時、突然口を塞がれた。
 見開いた両目が、その光景を脳裏に焼き付ける。
 父が、自分を抑え込んでいる。仰向けに倒され肩に膝をつかれ、右手で口をふさがれ頭を固定されている。
 何が起こったのか。どうして父は自分の上に膝をついているのか。重い。苦しい。声を出そうと思ってもひからびた息が漏れるだけ。父が今どんな表情をしているのか、知りたかったが逆光に照らされてよくわからない。
「ーーーー」
 何事か言った父が、左手を振り上げる。光を反射して一瞬光ったそれは、父が愛用しているナイフだ。父が祖父から成人の祝いで貰ったと笑っていた、ゾーリンゲンのナイフ。自分が成人したらお祝いにくれると言っていたナイフを逆手に持った父は、再び口を開いた。
「ーーーーー!」
 叫びと同時に、ナイフが迫る。切っ先は真っすぐ、右目を狙っている。
 お願い、やめて! 叫びは声にならなくて、逃げることも目を閉じることも頭を背けることもできずに迫る白刃を見つめて……。

『……だいじょうぶ?』
 掛けられる幼い声に、ユウ・リバーサイド(壊れた器・f19432)は意識を取り戻した。全身から冷や汗と脂汗が吹き出し、身体に沿って滑り落ちる。短く浅い息を繰り返したユウは、咄嗟に自分の右目に手をやった。
 指の下に感じる、眼球の感触。まぶた越しにわずかにたじろぐそれに大きく安堵の息を吐いたユウは、寄り添う器人の姿に顔を上げた。
「ああ。ありがとう」
 ようやく落ち着いたユウは、少しだけ安心したように微笑む器人に自分の隣に座るよう指さした。
 ユウに声を掛けた器人は、まだ子供だった。十代前半にも見える少年の姿に誰かの面影を重ねたユウは、安心させるようにゆっくり微笑んだ。
 さっき見た幻影は、この少年が見せたものだろう。ここの器人は皆、自分の悲劇を探しているという。あの幻影の続きを見せてもいいだろうに、ユウを気遣ってくれている。その優しさに、ユウはバイカル湖を見渡した。
「……少し、俺の話を聞いてくれるか?」
 黙って頷く少年は、ユウの隣に座るとこちらをじっと見つめてくる。無邪気な様子に目を細め、ユウは記憶の蓋を開けた。
 事件が起きた時はまだ幼くて、ただ怖いことが起きたとしかできなかった認識。大人になって事件の輪郭をなぞって、ようやく悪夢の正体を知る。
「……俺の先祖は神隠しに遭ったそうだ。だから父方にはその力と転移の影響があるらしい」
 ユウの先祖が神隠しに遭った先で何があったのか。それは分からない。ただ神隠しから戻った先祖は、特殊な力を身に着けていた。そしてその力は、子孫にも受け継がれた。
 時を経て、血と力は分散していく。それを良しとしない一団が、ユウの悲劇を決定づけた。
「……邪神教団は祖父に目をつけた。彼の傘寿の祝いを口実に血族を集めた。内縁の子で不仲だった俺の父も、母も、四歳だった俺も、田舎の屋敷に行ったんだ」
 祝いの席で起きた、おぞましい出来事。四歳だったユウが目の当たりにした悲劇は、彼の心に深い傷と影を落とした。
 教団は血族を殺し合せ、蠱毒のように力を濃縮した。教団が仕込んだ邪法はその力を発揮し、祝いの席は血の海に没した。
 目の前に広がるバイカル湖のように。
「血族でない母さんは、父さんと俺を庇って毒を煽って死んで。父さんは、母の仇として
血筋そのものを恨んで無理心中を図った」
 苦悶の表情を浮かべて死んだ母。最後の力を振り絞って、必死に縋るユウと父の頬に触れてくれた冷たい手。最期まで父とユウの無事を喜んで事切れた時、父の正気のタガが外れた。
 蘇るあの日の記憶。母を看取った父が、鬼のような声で叫んで自分を突き飛ばした。蛍光灯が眩しくて、父の表情は分からない。けれど吐き出される怨嗟の叫びは、血筋そのものを恨んでいて。
 その恨みは血を継ぐユウも、父自身にも向けられていて。
「……UDC組織の突入があと数秒遅れてたら俺も父も死んでた」
 絞り出すように言ったユウは、額に感じる酷い痛みに右手を上げた。心の痛みは真の姿を引き出す。見下ろす右腕は異形に歪み、人間のそれとは比べ物にならないほど巨大化していた。右手の指を動かしてみれば、指示の通りに鋭い爪が上下する。そっと触れた額にあるのは、ねじくれた角の感触。

 ああ。まるで鬼のようだ。

 自分にナイフを振り上げた父の姿が、絶望がユウの心の奥に焼き写されたまま消えない。異形の鬼に、悪鬼羅刹に変化した自分の姿は、きっとあの日の父に似ている。
 祖父が邪神の成り損ないとして封印されてたとしても、儀式の影響は未だに深く刻まれたまま、癒えることを知らないでいる。
「死にたくなる。過ちを重ねればより強く」
 抱え込んだ膝に本音を吐き出す。
 UDC組織に助けられて、そこに身を寄せて。心の傷を癒しながら過ごした日々は、決して孤独ではなかった。だがどんなに慰められても、どんなに「楽しい」と思えることがあっても、あの日の傷は癒えなくて。死を願う心は未だに耳元で甘く囁いて。それでも。

『皆の未来の幸せのために、もっとがんばれますように』

 神様に誓った幼い誓い。それはとうに破られて、彼自身が幸せを壊してしまって。その結果壊れてしまって、希う死に手を伸ばして。でも。
「ーーそれでも、生きたいと願う。目の前の誰かを救いたいと望んでしまう」
 荒い息を繰り返したユウは、こちらをじっと見つめる少年の頭に手を伸ばした。異形化した腕を恐れるでもなく受け入れた少年の頭を撫でてあげれば、クリスタルのような感触が返ってきて。
 もう二度と守れない誓い。死を希うのと同じ大きさ、重さで生きることを望む自分の罪。
 罪を認め償いたいと願うなら、贖う為に手を伸ばすと決めた。
「君も思い出した? 骸の海に還る為の道標を」
『……うん』
 こくり頷く少年の頭を、異形巨大化した手でかき混ぜる。くすぐったそうに微笑んだ少年の身体に、無数のヒビが入る。やがて砕け、ひと山の砂と化した少年の体が湖風に吹かれて血の海の中へと消えていく。

 ああ。
 せめて骸の海に還った後も、彼の心のままであるように。

 異形の腕を組み祈りを捧げたユウは、手の中に残った最後の欠片を風に乗せるとグリモアベースへと帰還した。

● 澪の檻
 救いを求めるように集まってくる器人達を手を広げ受け入れた栗花落・澪(泡沫の花・f03165)は、天使の笑みを浮かべながら微笑んだ。
「……僕は死神。時折他所の村へ向かっては、笑顔で安らぎを与える。それが仕事」
 言いながらも、澪は脳裏に浮かぶ悲劇に目を閉じた。
 領主の圧政に苦しむ人々の前に降り立ち、奇跡を起こして回った。腐りかけた傷口を浄化し塞ぎ、死を待つばかりだった病人を癒し、ひからびた農地に雨を降らせ空井戸を地下水で満たした。
 神様、天使様と褒め称える声がさざ波のように響く。苦境を当たり前と捉え、感情を失いかけていた人々は齎される救いに癒され、感謝した。
 旅の天使。聖なるオラトリオ。この世に救いを齎す救世主。
 だがそれは、偽りに過ぎない。それは澪自身が一番よく知っていた。
「……ボクの主は言っていたよ。『救いの後に滅ぼすのが一番楽しいのだ』と。ボクは主の趣味の悪い命令で、希望という毒をばら撒いた」
 澪が齎す希望に目を輝かせる、人々の顔が忘れられない。
 幸せそうな人々が、苦痛と絶望に沈む姿も忘れられない。
 永劫続くかに思えた、喜劇と悲劇の再生産。ただの歯車として自我を手放してしまえればどんなに楽だっただろう。
 だが、澪は正気だった。いつも人々を本気で救おうとし、救えなかったことで絶望に打ちひしがれる。いつも。いつも。
「僕を救おうとした人は皆、処刑された。僕がいたから、故郷も滅びた。でも……」
 言葉を切った澪は、ふわりと微笑んだ。辛い思いをたくさんしたけれど、それはもはや過去のこと。今の澪は救われたのだ。
「僕は救われた。犯した罪は忘れてないけど、それも僕の戦う理由になる。だから皆も、きっと救われる。ボクをーー」
 信じて。そう言いかけて澪は口を噤んだ。
 器人達は澪を見つめている。だが、本当に「澪」を見つめているのだろうか。ちくり感じた違和感に目を向ければ、そこにある昏い箱が視界の端に映り込む。
 あれに触れてはいけない。思い出してはいけない。無意識に左二の腕を掴んだ澪は、箱から目を逸らすと優しく微笑んだ。

 器人達を周囲に侍らせる澪の姿に、真の姿である『澪』はクスリと微笑んだ。
 器人達と語り合い、彼らの心の傷を癒す澪は、天竺葵でできた鳥籠の中にいる。澪自身は自分が鳥籠の中に囚われているだなんて、思いもよらないだろう。主から解放され、師団の皆に救われたと心から信じている天使には、透明な天竺葵の足枷に気付くことなどできはしない。
 天竺葵の鳥籠にもたれ掛かった『澪』は、澪を通して目が合った器人に嫣然と笑みを浮かべた。澪にすり寄る器人は気付いている。澪の中にもっと凄惨な悲劇が眠っていることを。
 天竺葵の足枷の呪いは『澪』の時間を止めて、そのぶん深く多く魂を切り刻んだことを。その記憶は消えることなく、癒えることなく眠っていることを。
 澪が語った記憶など、うわべに過ぎないことを『澪』は誰よりもよく知っている。この心の傷は『澪』だけが覚えている。

 そうでなければ澪が幸せになれないから。

 天竺葵の足枷にそっと触れた『澪』は、器人の求めに応じて記憶の蓋を開いてやった。そこから溢れだすのは、筆舌に尽くしがたい地獄。澪の記憶よりも長く、酷く、救いようがない悲劇は、『澪』だけが持っている。

 そうしなければ澪は壊れてしまうから。

 主の玩具として過ごした年月の記憶を掘り起こし、追体験に悲鳴を上げた『澪』は、義姉の笑顔に必死に手を伸ばした。
 『澪』を救ってくれた義理の姉の笑顔。出会ってから再会するまで、澪自身が自覚する何十倍も時間が掛かっていることに澪は気づかないでいる。
 義姉はハーフで、神の血が強かったから、人間よりも成長が遅かった。
 だから、あの子を……『澪』を、待つ事が出来た。
 義姉と共に手を差し伸べてくれた、優しい笑顔と力強い手。
 澪を救った龍狼師団の連中あいつらだって、産まれる事が出来た。
「……とんだ皮肉だ」
 追憶から解放された『澪』は、力なく笑うと天竺葵の檻にもたれ掛かった。主の呪いで時間を奪われなかったら、きっと間に合わなかった。魂は壊れ、何も感じない人形のようになっていた。
 他の子たちみたいに。
 澪が救われたあの日、澪は記憶と感情の一部を分離させて『澪』を生んだ。

 そうしなければ共倒れになっていたから。

 あの子だけでも幸せにするために。
「ボクは……あの日に囚われたままだけど」
 自嘲の笑みで両手を見上げた『澪』は、澪を通じて悲劇をねだる器人達に口元を歪めた。澪が持つ「救われた後の幸せな記憶」を守りたい気持ちは、義姉やあいつらと同じだ。だがそれは決して澪のためじゃない。
 いつか澪が『澪』を受け入れることができたのならば、『澪』も救われるはずだから。それしか『澪』が救われる術なんてないから。だから。
「ボクは器人あんた達に興味は無いけど。あの子が救おうとしてるから、好きなだけ見ていけばいい」
 そう呟いた『澪』は、再び記憶の蓋を開けると別の悲劇を追体験する。『澪』が上げる断末魔の悲鳴は、誰の耳の届くこともないまま虚空に呑まれて消えていくのだった。

● あくあとあるまの記憶
 鮮血で満たされたバイカル湖畔を、二人の少女が歩いていた。
「血の海だねー」
『ねー』
 語り合いながら歩く澄清・あくあ(ふたりぼっちの【原初の一】・f40747)は、遠巻きにするだけで近寄ってこない器人達に視線を向けた。
 あくあと、あくあの隣を歩くあるまには過去の記憶が無い。ふたりとして目覚めて自我を得てからこちらの記憶はある。けれど、そこに器人達が求めるような悲劇の記憶はない。
 あるとしたら、記憶を失う前。だけど悲劇が起きたことさえ覚えていないのだから、どうしようもない。
 唯一覚えているもの。それは。
「「宿題」、かなあ」
『「宿題」、だよねえ」
 顔を見合わせたあくあとあるまは、与えられた「宿題」に思いを馳せた。
 あくあとあるまには、主がいる。主は「花園の楽園アヴァロンへ帰る」ことを二人への宿題にした。覚えているのはそれだけ。思わずため息をついた時、果てのない闇が二人を覆った。
 器人の誰かの記憶だろうか。果てのない闇には光ひとつなくて、隣にいるあるまの顔さえ見えない。唯一感じる手をギュッと握り合ったあくあは、ふいに胸にせりあがる「会えない寂しさ」に思わず反対側の手で胸を押さえた。
 どこの誰かも分からない。顔も名前も思い出せない。ただそこにいたことだけは確かな、頼りない記憶。だがあくあが感じる寂しさは、紛れもない本物で。
「ご主人様ますたー」
『お姉ちゃん……』
 同時に呟いたあくあとあるまは、胸を締め付けるような焦燥感にも似た感情に足を前に進めた。このまま進めば、主に会えるかも知れない。「花園の楽園アヴァロン」へ帰れるかも知れない。
 根拠なんてない。でもそう思ったあくあは、闇の奥へと歩みを進めた。その時。
 脳裏に浮かんだ光に、あくあは足を止めた。
 閃光のように脳裏を貫いた衝動。あくあ達が使う波紋と呼ばれる技術を教えてくれる声が暗闇に響くと同時に、世界が花園に変わった。
 百花繚乱。美しい花々に満たされた花園の中にいたのは三つの人影。
 紫色の核コアを持ったセイレーンと、薄藍色の核を持ったセイレーン。自分たちにそっくりな二人のセイレーンは、美しい花園にしつらえられた白い円卓に座って紅茶を飲んでいる。あくあとあるまに似たセイレーンの間に座っているのは、赤い目で白い髪の人。
 見覚えがないけれど懐かしい人は、じゃれ合う二人をたしなめた。笑い合って仲直りするあくあとあるまを順に見つめた白い髪の人は、諭すように言った。
「二人とも、よく覚えておきなさい。どんなことも、結果だけを求めてはいけない。大切なのは「向かおうとする意思」。どんな行動も経験も私達の道となって、向かうべき場所に繋がってるです」
 優しく微笑む顔をもっとよく見ようとした時、唐突に世界が闇に染まる。一瞬前まで確かにそこにあった花園は残像を残して消え、代わりに感じるのは闇に蠢く器人達の気配。
 息を潜めて機会を伺う姿に、あくあは深呼吸した。
 あるまと呼吸を合わせて息を吸い、吐き出す。闇の中で覚悟を決めたあくあは、あるまから手を離すと腰を落とし構えた。
 主から教わった対人護身武術CQC等の構え。静かに覚悟を決めたあくあは、ふいに切り裂く気配に横に跳び回避した。
 二人から悲劇を得られないことに業を煮やしたのだろう。殺す気で襲い掛かってくる器人達に、背中を合わせたあくあとあるまは呼吸を合わせた。
「いきますよあるま」
『もちろんですあくあ』
「『邪魔者は全員、ぶん殴るのです!』」
 主たちが教えてくれた武術を繰り出したあくあとあるまは、次々と器人達を破壊していく。最後の一体を地面に叩きつけた時、闇が晴れた。
 バイカル湖畔ギリギリに立つあくあは、慌てて飛びのいた。あのまま先に進んでいたら、きっとこの湖に引きずり込まれていた。
「セイレーン相手になかなか粋なことしますね」
『侮れませんわ器人』
 湖畔から離れたあくあは、あるまと手をつなぐと空を見上げた。今まで、その輪郭も掴めなかったあの人。その手がかりが掴めたのだ。
「ねえあるま。私は2人なら寂しくありません」
『はいあくあ。私も覚えてなくても「居る」のは感じました」
 顔を見合わせた二人は、同時に微笑み合う。やっぱり記憶は闇の中藪の中だけれど、「花園の楽園アヴァロン」が実在することは確かめられた。そこで待っている人は、妄想なんかじゃない。ちゃんと生きていて、あくあとあるまの帰りを待ってくれている。
「いつか、私達は辿り着くのです。「花園の楽園アヴァロン」に」
『もちろんです。だって「向かっている」のですから』
 だから、記憶がなくても大丈夫。この先何があっても歩いていける。
 確かめ合ったあくあとあるまは、器人達に別れを告げるとグリモアベースへと帰還した。

● 白斗の戦争
 戦争から帰ってきた九十九・白斗(傭兵・f02173)を待っていたのは、罵声だった。

 ひどく蒸し暑い国で戦った。両親ともに日本人だが米国で暮らしていたから米国籍を取得した。それだけだったから、戦争に行ったのも大義があったからじゃない。
 軍人に憧れて、渡米して、望み通り軍人になって、蒸し暑い国に戦争に行った。
 戦地では大勢の仲間と共に戦った。皆気のいい奴らばかりだった。
 陽気なジョニーに顰め面のJJ。泣き上戸のケントにため息トーマス。
 黒髪の少女スナイパーもいた。育てば美人になると皆噂していた。
 仲間だった。戦地から帰ったら旨い酒で一杯やろうぜ。そう言い合っては笑い合っていた。
 白斗も本気でそれを願っていた。戦場では死は隣りあわせ。だが自分と部隊は大丈夫。全員生きて帰って、糞みたいな戦争だったと笑い話の種にできる。そんな根拠のない自信で満ち溢れていた。
 その自信は、「あれ」によって無残に打ち砕かれた。
 今思えば、オブリビオンだったのだろう。虚ろな目をした化け物は、白斗の部隊を容赦なく殺していった。銃を撃っても効きやしない。ナイフで切ってもすぐに再生する。
 常ではない危険を察知した白斗は部隊を即座に撤退させたが、一人、また一人と化け物に倒され無残を晒す。
 白斗がどうやって死地を超えたのか、覚えていない。がむしゃらに銃を撃って、撃って、撃ち尽くして。白斗に助けを求めていた少女スナイパーの額に白斗が撃った流れ弾が当たって、くたりと動かなくなったのは覚えている。そのうつろな目に、目の前が真っ白になった。
 気が付けば野戦病院で寝ていた。白斗は一人、ジャングルの中で倒れていたらしい。軍医に化け物のことを話しても、誰も信じやしない。そんな化け物はいないと。コミックの読みすぎだと切り捨てられた。
 部隊の連中はゲリラにやられて全滅したという扱いになった。だが、白斗は覚えている。あいつらはゲリラに殺されたんじゃない。得体の知れない化け物に殺されたのだ。

 傷心のまま本国に帰れば、待っていたのは罵声と怒声。人殺しだ何だと責め立てられて、仕事も無ければ金もない。友達も皆、去っていった。
 軍を追い出された白斗は、日本へ帰った。日本に残した彼女に久しぶりに会いに行ったが、彼女も姿を消していた。

 白斗は全て失った。
 誰もいなくなった。
 軍には友達がいた。
 帰れば彼女もいた。
 何もかもなくなり、たった一人放り出された。

「くそ、だれもいない」
 ニューヨークの雑踏の中、白斗は一人さまよい歩く。すれ違う見知らぬヤンキーが、人殺しだと唾を吐く。酒を買いにリカーショップに行けば、店員は商品を投げ捨てるように放り出す。誰も目を合わせない。誰も口を利かない。
 戦争に行ってない連中が、知った風な口を利いて言葉の銃で撃ちぬいてくる。
 両親はとうに死んだ。親戚なんて知らない。
 戦場には友達がいた。責任のある仕事も任された。成功すれば褒められた。
 だが、今は何もない。
 白斗の部隊を殺したのはオブリビオン。だが白斗の心を殺したのは、紛れもない人間。救いはなかった。
「畜生……みんなどこ行ったんだ、クソ……」
 闇の中、手元に残った一枚の写真。白斗の隣で笑う黒髪の女。
「順子……」
 将来を誓い合っていた。戦争に行くと決まった白斗に、「行くな」と泣いて縋っていた。二年間だけ待って欲しい。必ず帰ってくるからと、そう誓った。なのに。
 からっぽの部屋の空虚さを、今も覚えている。全てを失った白斗に残った最後のよすが。その糸がぷつりと切れた。
「帰ったら一緒に花見をしようと言ってたのによ」
 自嘲と共に呟く。窓の外を見れば満開の桜。必ず帰ると誓ったのに、彼女は二年を待ってはくれない。

 泣いた。
 叫んだ。
 全てを失った。
 この世界に生きる意味なんてどこにもない。
 投げかけられる罵声は、突きつけられる冷たい視線は、骸の海の泥となり容赦なく心を殺す。
 虚空から投げつけられる、悲劇の泥。打ち沈みかけた白斗は、脳裏に浮かんだ仏頂面に顔を上げた。
 骸の海から呼びよせた黒泥を掴み、握りつぶす。あの時は世界が終わったと思った。もう二度と立ち上がれないと思った。だが。
「だがよ、悪いがもう乗り越えた」
 誰ともつるまず、スナイパーとして戦場へ戻った。その後フリーの傭兵になり、他人の戦争を戦い抜いた。孤独はいつもつきまとい、あの日の記憶は未だに夢に見ては飛び起きる。だが。
「今のおれには愛する人も仲間もいる! 隠れてないで出てこい器人ども!」
 握った骸の海から呼びよせた黒泥をスナイパーライフルに詰め、虚空に向けて撃ち返す。
 今の白斗は戦う力がある。共に戦う仲間がいる。帰りを待っている人がいる。
 もう何も怖くない。
 力を得た白斗は、残った器人を片端から破壊するとグリモアベースへと帰還した。

『第六猟兵』(C)三ノ木咲紀/トミーウォーカー

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