同じ夜2

高校入学後の僕はユニークであることに努めた。当時の僕が本当の意味でユニークであったかどうかは分からないが、とにかくそう思われるように振舞ったし、周りもまた僕にそういった印象を持っていた。
時折底抜けて滑稽なことをしてみせたし、或いは酷く底意地の悪い冗談や誰かを蔑むような笑いも作ったが、周りは僕を剽軽な奴だという印象を変えずに特段それが問題になることは無かった。
しかし、それは僕を孤独にした。

登校前、いつも僕は三ツ沢上町のトイレにいた。本当の自分について考えていたのだ。
思春期の奇行は人それぞれあり、他者に迷惑をかける者もいれば徹底的に殻の内に留めるものもいただろうが、僕はどちらでもあり、どちらかと言えば後者の気が強かった。
どの環境にもあるであろう理不尽を自分にだけ齎された悲劇と捉え、ささやかな抵抗として登校前にトイレに籠った。そしてその度に自分が心の内を本当の意味で見せることができるのはイズミだけであり、それは意識的なものではなく本能的に衝き動かされていたからであると結論づけた。

高校2年の夏の終わり、僕はひどい熱を出した。40度近い体温を保ちながら身体を操ることは難しく、僕は一週間ほど他の生徒と始業の時期をずらした。
両親はそんなぼくをよそ目に、家を空けていた。僕の父は看板屋の営業をしていた。僕は彼の職業について余り多くのことを知らなかったし、取り立てて知ろうともしなかったが、夏が繁忙期であり、学生がまた制服を着始める頃よく両親は二人でどこかへ出掛けていた。
僕の具合が悪いこともあり、今年は外出を控えようかとしていたのだが、少しずつ体調も良くなってきた頃、僕の方から一人で大丈夫だよと伝えて彼らは石川県へ旅行へ出かけた。
取り残された、といっても僕から望んだことなのだけど、僕は少しずつ体力が戻ってきたことを感じて、外へ出てみることにした。
昼過ぎ、学生は机に向かいある者は板書をノートに写し、またある者は机に伏せて寝ている頃だったので周りには同世代の人はおらず、近くのコンビニまでゆっくりと歩きながら昼食を買いに出ていた。

僕の家から最寄りのコンビニまでは大きな坂を降っていく必要があり、その途中の分かれ道を右に曲がるといずれマンションや何やが建てられるであろう空き地がある。その空き地を抜けるとローソンがある。
坂を降り、右折したところで懐かしい背中が見えた。その女性もまた僕が行こうとしているコンビニに向かい、やがて僕も店内で彼女に追いつき、顔を確認するとイズミだった。

「こんなところで何してるの?」
「みつばくんじゃない、久しぶりね。私の学校はね今日創立記念日で休みなのよ。あなたこそどうして?」
「一見信じ難いように思えるかもしれないけど、僕はついニ日前までひどい高熱を出していたんだよ」
彼女は少し笑った。
「それは学校にするための言い訳じゃなくて?」
「そうであるならいいんだけど、僕は僕なりに割と楽しくやってるからそういう訳でもないんだよ。」
「ついこの間まで会っていた気がするけど、思えば一年半も経っていたのね。ねぇ、この後時間ある?」
僕は彼女と近くの公園へ行き、そこで僕はつい先ほど買ったハムとチーズのサンドウィッチを彼女はサラダチキンを食べた。
「ねぇ、あなたまだあの子と続いてるの?」
僕は首を横に振った。
「そう、残念ね」
「君が残念がるのが僕にはよくわからないな」
なんとなく今も彼女がいることは黙っていた。
「それは私があなたを友達だと思っているからよ。友達にはなるべく幸せでいてもらいたいと思うのが自然じゃない?」
「それもそうだけど、僕たちは他の友達とは少し違う関係だったと思うんだ」
彼女は少し考えた後に口を開けた。
「確かに、私だって誰とでもあなたとしたようなことはしてない。けれど、あの時はそうするのが物凄く自然なことで、それは同じ映画を観たがっている二人がそれを観に映画館まで出掛けたりするのと一緒で同じ目的を持った人同士が同じ目的を果たす為にお互いに一緒にいただけよ」
「君はいつもそうやって冷静に物事について捉えるの?」
「いつもというわけじゃないけど、なるべくそうするように努めているの。そしてそれが一番私に向いている生き方なのよ」
それから暫く互いの近況について話して僕たちは彼女の家に行った。

何度となく当時したことではあったが、彼女と寝るという行為は僕にとってまだとても素敵な体験に違いなく、僕はあの頃と同じくらい時間をかけて愛撫をし、激しく射精した。
「またここへ来てもいいかな?」
彼女は少し悪戯な笑みを浮かべた。
「それってまた私と寝たいってこと?」
と尋ねた。
「違うよ。もちろんそれも悪いことではないけど、そうじゃなくても僕はまた会って映画の話をしたり、音楽を聞きたいんだ」
「あなたから私と会うことをやめたのよ」
「あの時は色んなことが重なって、会うべきじゃないと思ったし、君もまた僕と会うだけの理由がないと思ったんだ」
「理由?」
「違うんだ。なんというか、こう上手く伝えられないんだ。理由なんて言うつもりじゃなかった」
彼女は少しの間を置いて、服を着て本棚にあった『ゾフィーの世界』を取り読み始めた。
「あなたと会わないことが今は自然だと思うの。今日みたいにたまたまあって、なりゆきでこうなるだけで私には十分よ」
「それはあんまり僕と関わりたくないということ?」
彼女は俯いて
「そういうことじゃないけど、いつかきっとみつばくんも今私が言ったことの意味がわかると思うわ。その時がいつかはわからないけど、必ず来るのよ」
「ただ一つわかって欲しいのは僕は君といるとごく自然な自分でいられるんだ。それは誰と過ごす時よりも」
それだけ言い残して、僕は彼女の家を出た。そして、それ以降僕は彼女の言った言葉の意味がわかるまで彼女と会わないことを決めた。
駅やコンビニ、予備校の自習室で彼女を見かけても決して彼女に話しかけることはなかったし、彼女もまた僕に気づいても特別顔色も変えずにやり過ごしていた。

彼女と最後に会って6年ほどの時間が経過したが、バーで会った時に僕は二つ隣に座っていて耳から大きな楕円形のイヤリングを提げている彼女の横顔ではっきりでイズミだとわかった。

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