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JO1をきっかけに知るYSLのこだわりとボーダレスの難しさ

 JO1とR3HAB(以下R3HAB氏)のコラボ楽曲"Eyes On Me"が先日配信されたが、皆さん視聴は済んでいるだろうか。アジアツアーで初パフォーマンスされると共にMVも公開され、盛り上がりを見せている。

 イブ・サンローラン(以下YSL)の新作アイシャドウ「クチュールミニクラッチ」のタイアップソングとなっている"Eyes On Me"は、JO1の新境地とも言えるサウンドを展開しており、R3HAB氏との関わりによって開かれた新たな成長を予感させている。

 楽曲が出てから何度も聴き込む中で、R3HAB氏のルーツとYSLの繋がり、そしてクチュールミニクラッチのテーマとなっているフランスとモロッコについて調べたい欲が生まれ、今回記事にまとめるに至った。商品や作曲家の背景を中心に紹介していくと共に、改めてYSLというブランドに向き合っていきたい。




YSLとR3HABを繋ぐもの


 今回R3HAB氏が楽曲提供にセッティングされているのは、ネームバリューも勿論だがおそらく「彼がモロッコにルーツを持つ事」「親日家で過去に日本に由来のある楽曲を制作している」の二つが大きな所以となっていると私は考えている。

 第一にルーツについてだが、モロッコはR3HAB氏とYSLを繋ぐ重要な共通点だ。
 まずYSLの創始者であるイヴ・サン=ローランについて。地中海を挟んでフランスの向かいの国であり、彼が育ったアルジェリアの隣国でもあるモロッコの色彩やその風景は彼に大きな影響を与えたと言われている。
 特にイヴ・サン=ローランが好んだのはモロッコのマラケシュ。南の真珠とも呼ばれている街だ。このマラケシュを始めとしたモロッコの影響について、彼はこう語っている。

色彩の力強いハーモニー、大胆なコンビネーション、そしてクリエイティビティへの情熱は、モロッコ文化からの影響によるものだ

【History】 イヴ・サンローランとモロッコ
https://fashionpost.jp/history/177487

 このモロッコの色彩感はクチュールミニクラッチにも反映されており、製品の名前のモチーフにもなっている。つまりYSLというブランドとモロッコには切っても切れない縁という言葉では言い表せない、美しさの源流とそれを汲み上げて表現するものという関係性が構築されているのだ。
 そしてこのモロッコの繋がりがR3HAB氏との点を繋げている。R3HAB氏はオランダ出身のプロデューサーだが、モロッコ系のルーツを持ち、出自自体にもモロッコとの繋がりがあるのだ。

 続いてR3HAB氏の作る音楽についても少し話していこう。そもそも彼が生まれたオランダはEDM大国であり、R3HAB氏だけでなく様々な音楽プロデューサー、DJを輩出している。EDMジャンルの一つであるダッチ・ハウスを確立し、キャリアの中で多くの人気楽曲やコラボ楽曲を輩出してきた。
 鮮烈なキャリアの中で注目すべきポイント、そして今回のコラボを後押ししたと言える要素は、彼が親日家であり日本の風景やカルチャーに影響を受けて制作した楽曲が存在するという点だ。題名に日本語がついているものやMVを日本で撮影したものもあり、彼の音楽制作の中に日本という存在は欠かせないものとなっているのである。

フェスの際には国旗を持って写真を撮ってくれる

 ではここでR3HAB氏の楽曲のリンクを何曲か貼っておくので、是非聴いてみてほしい。

 このように多彩なオリジナル楽曲だけでなく、既存曲のリミックスでも素晴らしい作品を出し続けている。
 EDM界隈を知らない方でも、嵐をきっかけにR3HAB氏を知った方は多いのではないだろうか。


 ここまでイヴ・サン=ローランとR3HAB氏についてそれぞれ簡単にまとめたが、両者とも業界は違えどそれぞれの表現を突き詰めて世界に名を残しているクリエイターである。
 これはどんな表現者にも共通して言える事だが、どんな表現者も幼少期や自分が影響を受けた風景などを投影して作品を作る事が多い。画家も音楽家も、影響を受けたものを自分の中で咀嚼して新たなものとして生み落とすのだ。今回発表された"Eyes On Me"は、そんな表現者たちが時を超えて重なった事によって作られた産物と言えるだろう。
 個人的には、こんな縁の重なりの一つに自分が好きなアイドルがいる事がとても誇らしいなと思う。



タイアップの表現を突き詰めた"Eyes On Me"


 続いて、クチュールミニクラッチのタイアップソング"Eyes On Me"についても触れていこう。この楽曲はJO1がこれまでリリースしてきたタイアップ楽曲の中でも群を抜いて、タイアップの役割を遂行しているように感じている。

 まずサウンドだが、とても民族的な、エキゾチックな音色やメロディーをしているのにお気付きだろうか。そのメロディーを支えているリズムの打ち込みはバウンス・ビッグルームのジャンルを感じさせ、R3HAB氏が作るEDMの盛り上がりを彷彿とさせる。
 この民族的な雰囲気はどこから来ているのかを少し考えてみたが、おそらくモロッコの音楽の特徴が鍵になっているのではないかと考察する。
 モロッコ音楽について少し調べてみたが、国周辺の地域の影響を受け、その影響が混ざり合いながら地域ごとに音楽が確立されていったようだ。具体的には地中海、アラブ、西サハラ、アフリカ。例えば、イヴ・サン=ローランが影響を受けたマラケシュではグナワという民族音楽が根付いている。国歌も民族的、エキゾチックな雰囲気を醸し出しており、雄大な風景や砂漠、土の色、太陽の眩しさを想起させる音楽となっている。

 当初"Eyes On Me"がR3HABによってリリースされると知った際はもっと電子音が弾ける近未来的なものになると考えていたため、初見の際はそのエキゾチックな様相に驚いたが、モロッコの音楽を試聴してみると納得できた部分が多い。前述の通り、ブランドの創始者と楽曲制作者の共通点が色濃く浮き出ているのだろう。

 サウンドについては一旦ここで区切って、続いては歌詞に注目していこう。これは楽曲が公開されてからすぐに話題にもなったが、クチュールミニクラッチを想起させるワードが多数存在する。

 クチュールミニクラッチのモチーフとなったパリ、マラケシュのワード。そして製品の名前となった通りや風景。音楽に乗る事、自信あふれる姿を中心として書いた歌詞の中に、しっかりと耳に残るキーワードが散りばめられている。

 このように、サウンドと歌詞の二つの側面にタイアップとなる製品とブランドから抽出した要素を入れ込んで完成されている。それが"Eyes On Me"だ。歌うのはJO1、作ったのはR3HAB氏だが、大前提として「クチュールミニクラッチがなければ、YSLがなければこの楽曲は生まれなかった」という大きな柱が見て取れる。それほどにタイアップとして突き詰め、完成された楽曲だと感じる。



ブランド創始者のボーダレス精神


 最後に語るのは、YSLが持つ線を越える心、ボーダレス精神についてだ。私が記事を書こうと思い立ったきっかけは、実はこの言葉である。

 そもそも、この言葉はJO1公式サイトの楽曲紹介に記載されていた。

モロッコ系オランダ人のアーティストR3HABがプロデュースを手がけ、ボーダレスなコラボレーションが実現しました。

JO1 × YSL BEAUTY FOR COUTURE MINI CLUTCH、新タイアップソング「Eyes On Me (feat.R3HAB)」誕生!10/20配信開始
https://jo1.jp/news/detail/3396

 この言葉を見つけた時にまず思い浮かべたのは、年末にある紅白歌合戦だ。今年のテーマは「ボーダレス」。実は全く同じなのである。
 もしかしたら狙ってるのか?と思い最初は見逃していたが、実はこのボーダレスという言葉はタイアップ先であるYSLにも大きく関係があるようだ。

 創始者であるイヴ・サン=ローランの生涯に戻るが、彼は名ブランドの創始者である素晴らしきデザイナーであると共に、モデルの起用についても多くの影響を与えてきた。
 その代表的な例が仏版ヴォーグ誌の表紙に黒人モデルを起用できるよう手引きした事である。その当人であるナオミ・キャンベル氏は、イヴ・サン=ローランの死後に下記のように語っている。

サンローラン氏と親しかったナオミは、「彼のおかげで、私は初めてヴォーグ(Vogue)誌の表紙を飾ることができたのよ」と明かす。
「私が彼に『イヴ、私は仏版ヴォーグ誌の表紙になれないわ。黒人の女の子を起用しないみたいなの』って言ったら、彼は『僕にまかせておいて』って答えてくれたの」。そして、サンローラン氏の言葉どおり、ナオミは黒人モデルとして初めて仏版ヴォーグ誌の表紙を飾ることになった。

モデルのナオミ、サンローラン氏は「有色人種を支えてくれた」と感謝
https://www.afpbb.com/articles/modepress/2399700

 彼女だけでなく、イヴ・サン=ローランが持つこの人種関係なく道を切り開く姿勢は多くのモデルのキャリアに影響を与え、ムーニアやダイヤ・グェイェといった有名モデルたちも成功の力添えに彼の名前を挙げている。

 イヴ・サン=ローランが持つ境界を超えていく姿勢は人種だけに止まらず、女性のパンツスタイルの提唱や既製品の展開など、前例に縛られる事なく様々な挑戦をしていった。今を生きる者たちが当たり前だと考える事を当たり前にするまでには、彼の貢献が欠かせなかったのである。

 このようなブランドの背景を考えると、今回の"Eyes On Me"にもブランド創始者が持つボーダレスの精神が見え隠れしているように思う。国籍やルーツを超えての楽曲制作、多くの影響が混ざり合ったモロッコの音楽背景。クチュールミニクラッチがブランド創始者の見た世界を投影したのであれば、それに繋がる作品も同じように。一つの考察ではあるが、YSLというブランドが持つ一つの骨子を音楽から垣間見る事ができるのではないだろうか。



ボーダレスを掲げる事、そして現実


 何故私がこの記事の題名に「難しさ」という少しマイナスなワードを入れたのか。それは現代のフランスとモロッコの現状にある。

 先日発生したモロッコの地震を読者の方は覚えているだろうか。"Eyes On Me"の利益がモロッコ地震に寄付されるというニュースもあったので、思い出した方も多いだろう。
 この地震発生に際して、フランスとモロッコの間には実は緊張感が漂っている。モロッコがフランスからの支援に応答せず、受け付けていないのだ。

北アフリカのモロッコ中部で8日深夜に起きた地震を巡り、旧宗主国のフランスが申し出た支援をモロッコが受け入れない状態が続いている。フランスが近年、不法移民対策としてモロッコを対象に査証(ビザ)の発給を制限したことなどから両国の関係は冷え込んでいた。モロッコの震災を受け、両国の緊張関係が改めて露呈した形だ。

モロッコ 旧宗主国フランスの支援拒絶か 緊張関係露呈
https://www.sankei.com/article/20230913-VBVN64RARJPWVJG6B7KBS62L7Y/

 この背景がある中でフランスを拠点として構えるYSLが"Eyes On Me"を通して支援を考えるのは、音楽の力で両国を越えた動きができないか…という考えの現れかもしれない。

 昨今では人種や性別、国籍など、様々なカテゴライズの間に引かれたボーダーを越えていくのがあるべき姿とされている。だがそれは全く簡単ではなく、政治的な行動や言動、影響力のある人間の一挙手一投足、大きくともたったそれだけで遠ざかってしまうものだ。過去の歴史もそれを物語っている。
 だが、それでもどうにかしてその線を越えられないか。区切る線ではなく、繋いで円を結ぶ線になれないか、そうして奔走している人間は多くいる。そんな作品も数多くある。例え世の中の流れに押し流されたとしても、がむしゃらに進み、工夫して打ち出していける行動こそが、このボーダレスを叶えられるかもしれない。

 ただのタイアップ活動として咀嚼されるのではなく、作品を受け取って享受する人それぞれが、これをきっかけにボーダレスの難しさと、その難しさに立ち向かうエネルギーについて考えてみてほしいと思う。

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