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【保管用】新時代に突入した、日本サッカーマンガ史について。(※2010年12月制作)

サッカーマンガ連載開始時期tリアリティの関係図


 国民的、いや今や世界的知名度を誇るサッカーマンガ『キャプテン翼』の連載が始まったのは1981年のことだ。そこから始まる日本のサッカーマンガの歴史はおよそ30年。そして私は、『GIANT KILLING』と『イナズマイレブン』の登場によって日本サッカーマンガ史が成熟を迎えたとほぼ同時に新たに2つ目の潮流が生まれたという、新時代に突入したことを宣言したい。日本サッカーマンガ史を読み解くキーワードは2つ、「リアリティ」と「世代」である。日本サッカーと日本サッカーマンガの30年を追っていくことで、宣言の根拠を明らかにしていこう。


『キャプテン翼』世代

 サッカーマンガにおける「リアリティ」には2つの視点がある。1つは純粋なプレーのリアリティ。もう1つは世界観のリアリティ(世界と日本との実力差の感覚や、自分の周辺のサッカーファンの割合など、現実のサッカーの存在感との親和が感じられる)だ。

 黎明期のサッカーマンガは、現実世界とはかけ離れたサッカーを展開していた。小学生・中学生年代のサッカーを題材にした『キャプテン翼』では、登場人物が現実ではまずできないであろうプレーや必殺技の応酬によって戦い、主要キャラ同士の1対1の勝負が数十秒も繰り広げられたりする。一体なぜこのような描写になったのか。

 それは、当時の日本においてサッカーはメジャーなスポーツではなく、ルールや基本的な知識も読者には不足していたためだと考える。この見慣れぬスポーツを題材にしたマンガをより多くの読者に面白いと思ってもらうためには、見慣れぬスポーツを単純化し、さらにマンガ的面白さ(主人公とライバルの直接対決のシーンや、必殺技などの爽快なアクション)を分かりやすい形で付与しなければならなかったのだ。分かりやすく面白いマンガであれば、サッカーを知らなくとも読んでもらえる。優先順位は「マンガ的面白さ」「サッカー的面白さ」の並びである。

 マンガ的面白さが重視されることで、プレーのリアリティについては考えられることはなかった。というより、評価できるような知識をマンガ読者が持ち合わせていなかったと言えよう。主人公の大空翼は得意技であるオーバーヘッドシュートを多用するが、このシュートが実際にはどれほど珍しく、どんな時に使うような技であったのか、マンガと現実の感覚の差を説明できる者は当時はほとんどいなかったのである。それは世界観のリアリティについてはなおさらだ。サッカーについて語る人間が当時は『キャプテン翼』の作中の世界と比べるまでもなく、ほとんどいなかったはずだ。

 しかし、この『キャプテン翼』が大人気となったことが、実際の日本サッカー界に大きな影響を与えたことは確実だ。小学校でサッカーブームが起こり、競技人口が爆発的に増え、1993年のJリーグ創設、1998年のW杯フランス大会出場へと繋がって行く。

1970〜1975年生まれ

 話を戻そう。『キャプテン翼』の影響で小・中学生年代の競技人口が爆発的に増えたのだが、本格的に『キャプテン翼』ブームが小・中学生の間で巻き起こったのは1984年頃のようだ。その当時に小・中学生だった子供たちは、分かりやすくすると上が1970年生まれで、下が1975年生まれであると言える。生まれの時期はとても重要なので、覚えておいてほしい。この「世代」の視点が日本サッカーマンガ史を読み解く第2のキーなのだ。

 80年代に『キャプテン翼』が起こしたブームほどのインパクトはもう起こせないが、それに続くような作品が登場してくるのが90年代である。1990年に『シュート!』、1992年に『俺たちのフィールド』などが連載を開始し、人気を得た。『シュート!』は高校サッカー、『俺たちのフィールド』は高校サッカーからJリーグ、日本代表の戦いを描いた作品である。連載開始時期と題材を見て、気づく所はないだろうか。これらは『キャプテン翼』の創り出したサッカーファン(1970~1975年生まれ)が自分の成長に合わせて読んだ作品なのだ。

 サッカーファンが爆発的に増えた後で連載されたこれらのサッカーマンガは『キャプテン翼』よりもプレーのリアリティが格段に増した。『シュート!』の主人公・田中俊彦の「幻の左」(ゴールキーパーを吹き飛ばすほどの強烈なシュート)のように現実離れした必殺技は見られるものの、試合展開や戦術や選手の心理が細かく描写されており、サッカーマンガは『キャプテン翼』時代よりもはるかにリアリティを持って受け止められたのである。

 また、1999年に連載を開始した『ファンタジスタ』も高校生年代のサッカーを扱ったヒット作だが、プレーのリアリティは『シュート!』や『俺たちのフィールド』よりさらに増している。実際に現代サッカーの問題(閃きにまかせトリッキーで魅力的なプレーをするファンタジスタと呼ばれる選手は見ていて楽しい半面、チーム戦術に組み入れることがとても難しい)を大きなテーマとして扱っており、リアリティのもう1つの視点「世界観のリアリティ」も感じられる作品である。

 この90年代のサッカーマンガに共通することは、1970〜1975年生まれの人々がプレーヤーとして過ごした時期であることで、題材もそれにリンクした、高校生からプロリーグ・日本代表のプレーヤーを扱った作品であったということだ。そして現実の日本でJリーグが開幕し、日本代表がW杯に出場するなど日本人のサッカーに触れる機会が急増したために、サッカーマンガのサッカーらしさ、つまりリアリティも増していったのだと言えよう。日本人はどんどんサッカーに詳しくなっていき、日本サッカーマンガはどんどんと現実味を帯びた(しかし日本人が世界で活躍する等の「夢」は忘れずに掲げられている)時代であったのだ。

ポスト・プレーヤー時代

 そして2007年に『GIANT KILLING』が連載を開始する。2007年に連載が始まって以降、じわじわと人気を博し、2010年にはNHK-BSでアニメ化も果たしたサッカーマンガである。毎年降格争いを演じていた弱小クラブ「イースト・トーキョー・ユナイテッド(以下ETU)」に、元ETUのスター選手であった達海猛が監督として舞い戻り、巧みな手腕を発揮して強豪を相手にリーグ戦を戦っていく。サッカーにおいては弱小クラブが強豪を破ることを「ジャイアント・キリング」と呼ぶのだが、まさにタイトル通りのストーリーだ。

 人気の理由は何か。プレーにリアリティがこれ以上なく盛り込まれていることもあるが、最大の理由は、現実のサポーターの日常を巧みに描いていることだ。主人公は監督であるが、監督の「サッカーを様々な視点で見る」行動を通して描かれた世界観のリアリティは、現実にサポーターが日々あれこれ考えているようなものと同じと言ってよいほど見事に表現されている。「こんな風景が本当にある」と思わせる絵で展開され、現実世界のサッカーにとても詳しくなったサッカーファン、サポーターの共感を得ている。 

 そしてやはり『GIANT KILLING』の人気も「世代」で説明できるのだ。Jリーグが2009年に行った観戦者調査によると、Jリーグの観戦者の平均年齢は37.3歳。1970〜1975年生まれが、まさにその年齢にあたる。プレーヤーとしての年齢を超えた彼らは、サポーターとしてサッカーに関わり続けている。サッカーマンガも然りだ。

 「プレーヤー」と違い、「サポーター」はおそらく一生涯続くサッカーへの関わり方だ。これよりさらに上の関わり方が今のところ考えられないために、『GIANT KILLING』は『キャプテン翼』から続いてきた日本サッカーマンガの歴史の、現時点で考えられる最高到達点であると言えよう。1つの潮流が成熟を迎えたのだ。


新世代の登場

 『キャプテン翼』にハマった世代が、自身の年齢が上がっていくことやサッカーに詳しくなっていくことに合わせてよりリアリティを求め『シュート!』や『ファンタジスタ』にハマり、プレーヤーを退く年齢になって『GIANT KILLING』にハマった。見事なまでの日本サッカーと日本サッカーマンガ史のリンクだが、では『GIANT KILLING』以降の日本サッカーマンガ史はどのように展開していくだろう。実はもう新たな時代の姿は見え始めている。

 2008年にコロコロコミックでの連載、ゲームソフトの発売、テレビアニメが開始された『イナズマイレブン』が、現在、小学生の間で大人気だ。カードゲーム化や映画化、舞台化まで果たしている大ヒット作品だが、これを「リアリティ」と「世代」の面で見てみよう。

 「リアリティ」は、RPGであることは大きく関係しているが、全く感じられない。主人公たちは属性やコマンドバトル、必殺技の応酬にて戦っていく。人気ぶりが伺えるエピソードは、現実の少年サッカーの試合で『イナズマイレブン』の登場人物を真似て、マントを着て出場しようとした子供がいたとニュースで報道されたことだ。リアリティよりはゲーム的・マンガ的面白さが先行している。

 「世代」はどうか。2008年に小学生であるということは、2000年前後の生まれであろう。先の『キャプテン翼』世代を思い出してほしい。彼らは1970〜1975年生まれ。つまりは、『キャプテン翼』世代の子供が『イナズマイレブン』に夢中になっているということだ。

 
これからの日本サッカーマンガ史

 現在35〜40歳ほどの人々を中心に『キャプテン翼』—『GIANT KILLING』ラインが読まれ、その子供が『イナズマイレブン』という、彼らにとっての『キャプテン翼』の位置にあたる作品を皮切りに新しいラインを築き始めようとしている。2本のライン、これが2010年現在の、新時代に突入した日本サッカーマンガ史の姿である。

 これからは、『GIANT KILLING』の延長線と『イナズマイレブン』の延長線、2本のラインに沿うようにサッカーマンガが描かれていくであろう。『GIANT KILLING』ラインでは、「世代」による題材がサポーターという到達点に達したため、より「リアリティ」を究めたような作品がヒットすることが考えられる。例えば2010年に『フットボールネーション』という作品が発表されたが、これはより良い筋肉の付け方・使い方という、スポーツ科学理論をテーマにしたサッカーマンガである。一方、『イナズマイレブン』ラインでは、主な読者である小学生が成長するのに合わせて、中学サッカー、高校サッカー、大学サッカーやプロ、世界と、舞台が変わるように作品が登場していくはずだ(または、作品内で読者に合わせてステージを変えていくかもしれない)。ここのところ週刊少年ジャンプが『少年疾駆』、『LIGHT WING』など若年層のサッカーマンガを連続して掲載していることはこの予測と無関係ではないだろう。

 サッカーが好きで『GIANT KILLING』まで上り詰めた現在のサッカーマンガファンの皆様は、『GIANT KILLING』やその次を楽しみに待つとともに、新たに登場した『イナズマイレブン』ラインを温かな目で見守ってほしい。今の小学生の成長がどんどんと新たなサッカーマンガを生み出し、それを読んだ彼らが日本サッカーのレベルを引き上げる。こうして、日本サッカーマンガ史がさらに活気あるものになるのだから。

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