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「あたたかいとこ すわって、いっしょにテレビみよ」

怒涛の春休みが終わって三日目。

小学二年の長男はまだ学校。
年中さんの次男はもう帰宅。

次男と二人で楽ちんごはん。レンジでチンの明太子パスタ。
兄よりも辛いものが食べられることを誇りにしている四歳児は、たらこよりも明太子にこだわる。牛乳をごびごび飲んでは辛さに挑む。

兄がいないと大変おだやか。
カリカリせずに次男を見守っていられる。

一人前をつるりとたいらげた次男。名残惜しそうに皿を眺め、
薄桃色のソースが残る水色の皿を一直線に舐めた。
そこだけ水色がクリアに光る。海を割ったモーセが浮かんだ。
「きれい……」
ほおぉと自分の舌の成果を満足そうに眺め、それから本格的にべろべろしだした。
「外でしないでよー。もうやめてー」
母として一応やめさせた。



食べ終わると次男からお誘いをうけた。

「かーちゃん、あたたかいとこ すわって、いっしょにテレビみよ」

まだ肌寒いこの時期、あたたかいとこってのが魅力的。
皿洗いを後回しにして、いそいそとこたつにもぐった。

「ちがうよ、こっち! ひみつくち にきて!」
(“ひみつくち”とは“秘密基地”のこと。幼かった長男の言い間違いが引き継がれている)

テレビの向かいにある出窓が、“ひみつくち”である。
カーテンをするとすっぽり見えなくなる長さ2メートル幅30センチのすきま。
兄弟二人でよくこもっているが、そういや私は座ったことなかった。

レースのカーテンも開けると南西からの日差しがあたたかかった。
「いいねぇ、ここ」

「こうやってせなかをあっためるんだよ。
 で、ここさわってみて、あっついから!」
ガラスに背中を押し付けながら、次男は先輩風を吹かす。
窓のサッシを触らせられる。焦茶のアルミサッシはたしかに熱い。

「ほんとだ! 濃い色のが光を吸収して熱くなるってやつだな」
「ちのも そういってた!」
二人目は兄から教わるから、一人目より楽だなぁ。背中をぬくぬくさせながらのんきに思った。

「でね、ここにツバをぬってひろげると、すぐかわくんだって!」
にこにこと兄の教えを伝授してくれる弟。

え、まって、ツバ???

気づくとサッシには、3分クッキングよろしく、もう用意されたツバが!
(「こちらがその広げたツバでございまーす」)
そこだけ色鮮やかで瑞々しい焦茶のサッシ。

「ちょ……!!」
何か言おうとしたが、
「かーちゃん、みてて! すぐきえるから! すぐだから!!」
真剣な眉毛に気圧されて、ツバの行方を見守るはめに。

すると、早回しの動画のようなスピード感で、端からどんどん蒸発していく。アメーバがチリチリ焼かれて縮んでいくみたい。ちょっと気の毒だけど面白くて目が離せない。
1分もせず、ツバは消えた。

「ね、すごいでしょ。あついから、すぐきえるんだよ」
兄の教えを母に伝授できて満足気な四歳児。

「いや、すごいけど……ツバじゃなくて水でやって……」
親の義務として注意をしつつ、私は衝撃を受けていた。

自分のお腹から出てきた子らが、いつの間にか“ひみつくち”で太陽光と蒸発の実験を行っていたとは……。
それにツバが使われていたとは……。

春休み、ぺったり一緒にいて、この子らのことは全てわかっている気でいたが、傲慢だった。子供は未知。

結局、テレビは観なかった。
背中をしっかりあたためた後、ふたりで桜吹雪の公園に向かった。

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