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芽生え映え

「あ、やだ。また生えてきちゃった」
マキの小指の爪先から、カイワレのようなひょろっとした双葉。白くて細い指に緑が映えて綺麗だった。繊細な根っこが爪ごしにうっすら見えた。

寝起きのマキは半目のまま、葉っぱをピッと引き抜いた。

「え、なに? 今のなに?」
横で寝そべってスマホをいじってた私は思わず起きあがった。捨てられた葉を探したけれど見つからない。コンタクトしてないからかな。

「うーんー、なんだろぉ。最近生えてくるの。もう4回目くらい?」
マキは眠そうに答える。
「え、意味わかんない。なにそれ? ほんで、抜くのは痛くないに?」
「えー、別にそんなに。指毛抜くくらいの感じ。……じゃ、おやすみ」
マキは二度寝がしたいようで布団にもぞもぞもぐっていく。

***

マキは中学で新しく出来た私の親友。
昨日は初めてマキの家でお泊まり会をした。
「もう中学生だから自分たちで寝る時間も考えなさいね」って、マキのママも自由にさせてくれて最高だった。
マキの気になっている男子の話を聴いたり、一緒に担任の悪口を言ったり。うちらめっちゃ中学生っぽい。
それでかなり夜更かししちゃったから、まぁ眠いよね。私も眠い。
でもでも、気になり過ぎる!

「ねええ、もっとちゃんと教えてよ。おーきーてー!」
小さい頃お父さんを起こす時みたいに揺さぶってやった。ふふ、懐かしい。
今はね、もうお父さんに触ってなんかあげないんだ。

うー、ぐあー、ううう。冬眠から覚めたクマのように唸ってから、マキは起きてくれた。せっかく可愛いピンクのパジャマなのにひどい声。
でも無理に起こされて怒らないなんて良い奴! 私なら絶対怒るよ。

「ええっとねぇ、中学入学してすぐにね、初めて生えてきたの。びっくりしてさ、お母さんに見せたら「あらぁ懐かしい。私もそんな時期があったわぁ」とか言っちゃって、全然普通だったの。
だから、慣れちゃった。パって抜けば終わるし」
目をこすりながらマキは話してくれた。

「え、でも、いいに? お医者さんとか行かんで」
「だって、ねぇ。何科に行くの? 皮膚科?外科?謎じゃない?」
そう言われてみると確かに分からない。まぁ本人がいいならいっか。

二人で布団に寝っ転がって無言でスマホをいじる。入学祝いに買ってもらった念願のスマホ。まだ2ヶ月しか使っていないけどもう絶対手放せない。

朝起きてすぐにチェックしたインスタをもう一度覗く。
ちぇっ、まだ一個もスキが増えてない。私のインスタめっちゃいい感じなのに、なんで? つまんないの。

カシャ。
オレンジのペディキュアを塗った自分の足を撮ってみる。
マキの部屋は畳で超ダサいけど、水色のギンガムチェックの布団の上ならインスタ映えするはず。


「あ、ねぇマキ、爪から草が生えてるのをさ、今度インスタにあげたらいいだよ。 めっちゃ映えるに!」
うん。私、ナイスアイディア!
あー、私も撮りたかった。インスタ載せたい!絶対イケてる!

「そんな映えんに」
マキはつまらなそうにTwitterを見ながら言う。方言、封印してた筈なのに出ちゃってる。


「……そんなことよりさぁ、私さぁ、この草のことをさぁ、あいつにさぁ、相談しようかと思ってるん。……どう思うに?」
もどもどと言いにくそうな口ぶりに反してTwitterを高速でスクロールするマキ。画面がビュンビュン変わっていって、絶対何も見られていないよ。

「あいつって? 」
知ってるけど聞いてみた。
「そうた……くん」
小学生の時は呼び捨てしていたけど、今は女子らしく「君」をつけて呼ぼうと意識しているらしい。
聞いててこっちが無性にこそばゆい。

「はいはい、草が大好き草太くんね」
昨夜も話題になったマキの気になる人。
幼馴染だったのに中学生になったらお互いよそよそしくなってしまったらしい。

同じクラスじゃないし、私はよく知らない。
ひょろっとしてて園芸部なんかに入っている地味男子。つまんなそう。
制服着ているのを見たら急にかっこよく見えたんだって。マキって単純。

私はいつか、もっとイケてる特別な人を、自分だけの特別な理由で好きになるんだ、きっと。


「それでね、そうた…くんは植物に詳しいからさ、相談してみよっかなぁって」
いや、さすがに知らんでしょ、爪の草は!
心の中でつっこむ。
でも面白いからいっか。

「えー! めっちゃいいじゃんねー! 相談してみるだに!」
ニヤってしちゃう口元を枕で隠す。

「ほんと!? そうかなぁ、あのさ…」
マキが草太について話すのをうんうんと聞きながら、布団の陰でこっそりゲームアプリをひらく。
ちゃんと聞いてもいるよ。でも時間の有効利用にね。こまめにやるほどパワーアップできるし、ガチャも回せるし。 
私、めっちゃ勤勉。ゲームの中でだけ。

マキは布団に正座して真剣に話を続けている。長いな。
「うんうん、私も応援するに!」
仲良い子で彼氏持ちってまだいないもん。マキと草太が付き合ったら面白そう。逆に失恋をなぐさめる役もやってみたかったし。どっちもいいな。
もちろんマキの幸せもね、願っているよ多分。

「で、どうだったに?」

後日、思い出して聞いてみた。
すると、本当に草太に相談したらしい。学校で生えてきた草をこっそり見せて。

「そしたらね、彼ったら私の手を握っちゃってね、すっごく真剣に私の手を見つめてね、」
マキは完全に舞いあがっていて幸せそうでなかなかうざかった。
そりゃ指から草が生えてたら真剣に観察もするよ。観てたのは手じゃなくて草でしょ。言わないけどさ。

「それで、育ててみたいっていうから草を抜いてあげたんだけどね、あれさ、抜くとすぐどっかいっちゃうんだよね。
でも次に生えたら必ずまた見せるねって約束したの。LINEも交換できちゃったし。
けどそれから全然生えてこなくなっちゃってさ。
でもね、LINEはずっと続けてるの。
うちの父さんも植物好きだからさ、家にある珍しい植物の写真送ってあげたり、」


へーへーと話を聞きつつ、ふと気づいた。そういやマキんちには、やたらと植物があった。あれはお父さんの趣味なのか。
むかしお母さんは爪から草が生えて、お父さんは植物好き。
ご両親の馴れ初めも同じだったら、本気で草生える。
へへ、ネットの言葉使うって中学生感あるね。


けどなんだろう、つまんないの。
手を握ったとか、LINE交換したとかさ、しょぼい話ばっか。
マンガやネットでもっとすごい話、私いっぱい知ってるし。マキだってさ、ひゃーって言いながら一緒にえっちな漫画見たじゃん。それなのにこんなしょぼいことで喜んでさ、つまんない奴。

マキ、まだ話してる。目がキラキラしてさ。
つまんないからこっそりインスタをチェック。一日何回チェックしてるんだろ。ついつい見ちゃう。
あ、また……なんでなの、誰からも反応ない。

私の毎日、私の写真、私の言葉、私……
何が悪いの? どうしてスキがもらえないの?


「でもね、もう生えてこなくてもいいに。それでも私、そうた君にまた手を握ってもらえるように頑張ろうって決めたに」

お祈りみたいに両手を合わせて話すマキの手に目がいく。
白くてすらっと長い指。縦長の爪。いいなぁ、映えるなぁ。

あああ、やっぱり写真を撮っておけばよかった。すぐ抜いちゃって、マキのバカ。爪の芽生え、絶対インスタ映えしたのにな。そしたらスキがいっぱいもらえたのに!

あああ、スキがいっぱい欲しいよおお!
私を見てほしいよお!

早く現れてよ、私にいっぱいスキをくれる人。

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