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台所の毒りんご

夕ご飯の支度をしていた。

昼にうどんを茹でた鍋を放置したままだったので、洗うところからスタート。
透明なボトルの中で黄緑に輝く洗剤をワンプッシュ。
甘ったるい匂いが漂う。
お茶の香り、らしい。
今まで無香料のを使っていたのだが、最近気の迷いで購入してしまった。

鼻に侵入してくる一瞬、いい香りかも、と感じる。

心の中に鎮座する「欽ちゃんの仮装大賞の得点板」が、
ピ…ピ…ピ、ピピ、ピピピ、ピン
と期待たっぷりに得点をあげていく。
音楽が盛り上がり、合格ラインを超えた!と思った瞬間、
しゅーーっと音楽は消えていき、得点ライトも真っ暗になってしまう。

鼻の奥に匂いが届いたとたん、たまらなくいやんなるのだ。
不合格!
誰? これをお茶の香りだと決めたのは?

全然お茶の香りじゃないよ。
めったりと張りつくような甘い匂いに辟易しつつ、くんくんしてしまう。
期待と落胆の差が大きくて毎度、味わい深い。
ああでも何ヶ月もこれを味わうのかと思うと、やっぱりうんざり。

「かーちゃん、りんごの中にラムネがあるよ」
5歳の息子がにやにやしながら台所にきた。

みかんの赤いネットをくるくる丸めて、りんごの形にしたものを持っている。渡そうとしてくるので、
「かーちゃん今、手あわあわ」
と見せると、ひぃーと笑って鍋を洗い終えるまで待っててくれた。

「で、りんごの中にラムネ?」
りんごを検分する。
ここんとこラムネは食べてないし、何のことだろ?
BB弾でも内側にいれたのか? とじっくり見るも、何も入ってない。

「うそ。なんもないよ」
にひにひと告げる息子。
意味わかんない嘘だな。

「りんご、たべてください」
「はあ、いただきます」

食べる真似をすると、
「ひひひー毒りんごでしたー!
  ラムネの代わりに毒を入れたんでしたー!」
と勝ち誇ったように笑われた。

ラムネの代わりの毒……?
そんな伏線回収みたいに言われてもねぇ。

「あーあ、かーちゃん今からカレー作ろうとしてたのになぁ。
 毒で死んじゃっちゃー、もうあっちゃんのカレー作れないなぁ」

するとちょいとヤバいと思ったのか、慌てて訂正が入った。
「ちがった! 死なない!
 その毒りんごは、生きられる毒りんご、です!」

そしてこれ以上の言及を避けるように、毒りんごも持ち帰らずに台所から去って行った。

残された “生きられる毒りんご” を、ステンレスの作業スペースに置いて眺める。

毒はあるけど、死ぬほどじゃないのか。
「生きられる」という毒なのか。

何か面白いことを思いつきそうだったが、私はカレーを作らねば。
カレーの匂いで、この甘ったるいお茶の香りを一掃しなければ。

「ちょっとぉ〜! 毒りんご、片付けて〜!」

そう叫びながら、カレーの材料を作業台に集める。
玉ねぎ、にんじん、じゃがいも、ルー。

ふと見るとバーモントカレー甘口のパッケージにも、艶やかなりんごがあった。




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