台所の毒りんご
夕ご飯の支度をしていた。
昼にうどんを茹でた鍋を放置したままだったので、洗うところからスタート。
透明なボトルの中で黄緑に輝く洗剤をワンプッシュ。
甘ったるい匂いが漂う。
お茶の香り、らしい。
今まで無香料のを使っていたのだが、最近気の迷いで購入してしまった。
鼻に侵入してくる一瞬、いい香りかも、と感じる。
心の中に鎮座する「欽ちゃんの仮装大賞の得点板」が、
ピ…ピ…ピ、ピピ、ピピピ、ピン
と期待たっぷりに得点をあげていく。
音楽が盛り上がり、合格ラインを超えた!と思った瞬間、
しゅーーっと音楽は消えていき、得点ライトも真っ暗になってしまう。
鼻の奥に匂いが届いたとたん、たまらなくいやんなるのだ。
不合格!
誰? これをお茶の香りだと決めたのは?
全然お茶の香りじゃないよ。
めったりと張りつくような甘い匂いに辟易しつつ、くんくんしてしまう。
期待と落胆の差が大きくて毎度、味わい深い。
ああでも何ヶ月もこれを味わうのかと思うと、やっぱりうんざり。
*
「かーちゃん、りんごの中にラムネがあるよ」
5歳の息子がにやにやしながら台所にきた。
みかんの赤いネットをくるくる丸めて、りんごの形にしたものを持っている。渡そうとしてくるので、
「かーちゃん今、手あわあわ」
と見せると、ひぃーと笑って鍋を洗い終えるまで待っててくれた。
「で、りんごの中にラムネ?」
りんごを検分する。
ここんとこラムネは食べてないし、何のことだろ?
BB弾でも内側にいれたのか? とじっくり見るも、何も入ってない。
「うそ。なんもないよ」
にひにひと告げる息子。
意味わかんない嘘だな。
「りんご、たべてください」
「はあ、いただきます」
食べる真似をすると、
「ひひひー毒りんごでしたー!
ラムネの代わりに毒を入れたんでしたー!」
と勝ち誇ったように笑われた。
ラムネの代わりの毒……?
そんな伏線回収みたいに言われてもねぇ。
「あーあ、かーちゃん今からカレー作ろうとしてたのになぁ。
毒で死んじゃっちゃー、もうあっちゃんのカレー作れないなぁ」
するとちょいとヤバいと思ったのか、慌てて訂正が入った。
「ちがった! 死なない!
その毒りんごは、生きられる毒りんご、です!」
そしてこれ以上の言及を避けるように、毒りんごも持ち帰らずに台所から去って行った。
残された “生きられる毒りんご” を、ステンレスの作業スペースに置いて眺める。
毒はあるけど、死ぬほどじゃないのか。
「生きられる」という毒なのか。
何か面白いことを思いつきそうだったが、私はカレーを作らねば。
カレーの匂いで、この甘ったるいお茶の香りを一掃しなければ。
「ちょっとぉ〜! 毒りんご、片付けて〜!」
そう叫びながら、カレーの材料を作業台に集める。
玉ねぎ、にんじん、じゃがいも、ルー。
ふと見るとバーモントカレー甘口のパッケージにも、艶やかなりんごがあった。
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