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部活動の先輩・後輩の関係こそ、最高の少人数教育になっている/開成学園校長・柳沢幸雄さんインタビュー

東大生によく見られる3つのタイプとは?

 源流をたどれば明治時代にまで行き着く歴史と伝統を誇る開成中学校・高等学校の、柳沢幸雄校長にお会いして、話を聞いてきたぞ。

 龍山高校理事の桜木建二としては、これまでずっと、
「理由はいらない。東大へ行け!」
 そうブレずに主張してきたのだが、柳沢校長からは「それはどうでしょうか」との言葉をいただいた。

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柳沢幸雄 
1947年4月14日生まれ。開成中学校・高等学校校長。シックハウス症候群、化学物質過敏症研究の第一人者。開成中高卒業後、東京大学(工学部)、同大学院で学ぶ。民間企業で働いた後、ハーバード大学や東京大学などで環境分野の研究職に就く。2011年から現職。

 大学は人生の途中経過に過ぎないのだし、東大をはじめ意中の大学に入ることだけが目的になってしまうと、ろくなことにならないと柳沢校長は言うのだ。

 「私も以前は東大で学生を教えていたのでよくわかるのですが、全体を眺めると東大生は、大きく3つのグループに分かれます。

・燃え尽きたグループ
・醒めているグループ
・燃えているグループ
 です。

 合格を勝ち取るためのノウハウを必死に摂取して、なんとか受験勉強を乗り切ったタイプの生徒たちは、大学に入ったとたん燃え尽きてしまうことが多いですね。

 さらなる学びを求めて研鑽を積む気力が湧いてこず、そうなると大学4年間での伸びがあまり見込めない。もったいないことです。

 醒めている学生も多くて、これは首都圏の進学校で自由に育てられた人たちによく見られます。

 自宅から大学に通い、中高時代から知っている友だちも周りにいて、勉強の仕方は身についているので要領よく大学の勉強もこなせるので、まあこんなものかなと淡々としている。

 開成の卒業生もこのグループになることは多いですね。

 燃えているグループは、地方の進学校から来る学生が多めです。周りに知っている顔が少ないから最初は孤独だったりもしますが、志を持って大学で学ぼうとするので、入学後によく伸びます。

 いずれのタイプになるにしても、大学に入れたことだけに満足して、歩みを止めてしまうようでは困ります。人生は続くのですし、その後の生を豊かにするために勉強は積み重ねていくものです」

親たちの共通の目標は「ちゃんと食える大人」に育てること


 「子育てをしている親にとっては、何が大事であり目標なのか。改めて問うてみれば、『自分が死んだあとにも子どもが自分でちゃんと食べていけるようにすること』ではないでしょうか。

 人間にかぎらずあらゆる生きものが子育てによって追い求めているのはそれです。要は自分たちのDNAをしっかり受け継ぎ残していきましょうということになっています。

 人間も生命である以上、そこを外さず子育てをすることが肝要です。となると、とにかく東大に入れればいい、そこから先は知らないというのでは、まだ道半ばという感じがしてしまうのです。

 多くの生徒を預かる身としての私には、そのセリフは言うことができないのです」

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「好き」を深掘りすると様々な仕事がみえてくる

 大学は人生の途中経過に過ぎないから、東大といえどそこに入ることを目的に据えてはいけないと、柳沢校長は言う。

 自分の人生の見取り図をちゃんと持て!という教えに聞こえるが、開成の生徒たちには日ごろ、そのあたりをどのように伝えているのだろうか。

 「自分の足で立つことが何より大事だよということは、よく話しています。自律するには早いうちから具体的に自分の職業について考えてみるのがいい、とも促しますね

 とはいえ、彼らにとって働くというのは遠い将来の話。具体的に考えさせるのはなかなか難しいのでは?

 「そうですね、ですからまずは、自分の好きなことを見つけなさいと説きます。次に、それに関連する職業をしっかりイメージしてみようと働きかけます。

 たとえば、サッカーが大好きな子であれば、どんどん練習や試合に励めばいい。その先に、Jリーグやヨーロッパで活躍する選手になって、ワールドカップに出る道までひらけたら言うことなし。

 ただ、トップ選手になるのはなかなか狭き門なのも事実。じゃあそこでサッカーで生きる道はあきらめるしかないのか? 
 
 そんなことはありません。選手がダメでも、サッカーに関連する職業はいろいろあるので、その道を模索します。

 Jリーグのクラブに入社して広報に携わったり、総務として選手に帯同するのもいいでしょう。毎日サッカーの現場にいられますよ。

 スポーツドクターになって、三浦知良選手のように50歳を過ぎてもボールを蹴っていられるような身体のケアをするのはどうか。

 または国際弁護士になって、世界のチームを渡り歩く選手の契約アドバイザーになるのもあり。

 サッカーシューズの開発、スタジアムの設計、芝の管理、マスコミに進んで報道をする、指導者になって次世代を育てる、ユニホームをデザインする……。

 どんな仕事だって、ほかのいろんな仕事と密接に関わっているものです。好きなことを続けていける職業は、探せばいくらでもあるのです。

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大学は「好き」をきわめる道の入り口


 働く自分の姿がイメージできれば、そのために必要なことがおのずと見えてきます。

 いまのうちに何を勉強すればいいのか、大学ではどんな学部に進んでどのような勉強をするべきか。目標とするのはどんなジャンルのものでもいいでしょう。

 とにかく自分が好きで関心を持ち続けられる何かであれば。

 好きなことをきわめる道への第一歩として、大学があるのだと捉えると、受験勉強も大学に入ってからの学びも、ずんずん前へ進むはずですよ」

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教育は子どもの中にあるものを「引き出す」もの

 開成中学・高校といえば、歴史や伝統もすごいが、難関の試験をくぐり抜けてきた子どもたちが集まっていることでも知られるな。いわゆる名門校だ。

 自分の好きなことを膨らませて将来の志望につなげる手法を教えてもらったが、そうしたストーリーに生徒たちがちゃんと乗ってくれるのも、開成という名門校で生徒がいい子ばかりだからなのでは?という疑問も湧いてしまうのだが。

「そこはどうでしょう、特別な子ばかり集めた学校とは、私たちとしては認識していないのですが……。

 ただ、生徒がみずから自由に考え、実行することを推奨しているのはたしかですし、教育に関する基本的な考えが教員・生徒・保護者のあいだで共有できているのはいいことだと思っています。

 私たちは教育を、なんらかの型にはめることだとは考えていません。そうじゃなくて、引き出すものだと考えます。ちょうど繭玉から絹糸を引っぱり出すようなイメージです。

 あまり早く引き出すと切れてしまうし、あまりゆっくりだと終わらない、繭玉から絹糸を引くにはちょうどいい速度というものがあります。

 同じように教育は、子どもに内在しているものを、一人ひとりにとってほどよいスピードで引っぱり出すのが基本です

 そうか。教育とは、教える側が一方的に与え、導くものではないのだ。

「子どもの個性に基づいていなければ、教育というのは成り立ちません。能力を引っぱり出すべき速度にしても皆違うわけですし、平均値をとってもなんの役にも立ちませんね。

 ではやはり本来なら、きめ細かく少人数教育をするのが必須だということになりますね。その通りだと思います。

 ただ、じゃあ1クラス20人ほどにすればいいかといえば、それでも教える立場の人間がまったく少なすぎます。子どもの個性をちゃんと引っぱり出すには、ほぼマンツーマンでの教育が必要です」

先輩の存在が成長を促してくれる

 学校教育の現場で、それほどの徹底した少人数教育をするのは、ほとんど不可能ではないか。

 「そうなんです。そこをなんとか補うために、開成では部活動を重視しています。

 部活動というのは、一人ひとりの生徒の個性や能力の『取り出し授業』のようなものです。開成には約70の部活がありますから、それぞれが好きなところに入ればいい。

 個性に合わせて好きなことをきわめてもらうわけですが、そのときには教え手が必要となります。

 中高一貫校はその点、有利です。

 中学1、2年生は部活動で高校生と一緒になります。そのジャンルで神様のように知識豊富だったり技術に秀でた先輩がいて、自分を導くメンターになってくれるからです。

 高校生の先輩たちこそ、後輩ひとりずつの個性に合わせた指導をしてくれる指導者となります。

 つまり開成の学内には、指導者が山ほどいる。教える側と教わる側の関係が、部活動を通じて毎年続々とできていきます。

 先輩から学んだ中学生は、数年後にこんどは教える側になるわけですが、ここにもいい効果があります。人は教える側に回ると急速に成長します。

 なぜかといえば教えるときには、相手にわかるようきちんと知識を整理して、表現しないといけないからです。

 教えることによって、論理性が身につくのです。自分も先輩からいろいろ教わってうれしかったから、今度は自分が後輩に教えてやろうということになり、それによってじつは教える側が大いに伸びていきます

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頑張る先輩の背中が後輩のチャレンジを促す

 新しい中学1年生が入ってくると、「開成にうまくなじめるだろうか」と毎年、柳沢校長は気をもむそうだ。
 
 けれど、生徒が続々と自分の好きな部活動に入っていくのを見るともう安心だ。あとはいわば放っておいても、うまく回っていくと確信できるというぞ。

 「大学受験についても、先輩後輩の結びつきは、いい作用を及ぼします。熱心にやる人は高校3年の5月まで運動会などの課外活動に打ち込んでいます。

 それこそいつ勉強しているんだろうと思うほどですが、課外活動を引退してからしっかり切り替えて、そこから勉強して多くは希望する大学へ入っていきます。

 それを間近で見ていた後輩はどう思うか。あの人でも受かったんだ、じゃあ自分もという気持ちになりますね。志望する大学に入ることへのハードルが低く見えるのです。

 人はあまりにハードルが高いと跳ぶ前から心配ごとばかり並べ立ててしまいます。ハードルを気にせず果敢にチャレンジを繰り返していったほうが、ものごとを乗り越えられる確率は高くなるものです」

学業以外の価値観を学ぶ場として部活を重視


 部活動を強調し活用するのは、開成に独自の事情もひとつあるようだ。

 「開成に来る子は、小学生時代にはどの学校でもトップクラスの成績です。ところが中学に入って、最初の中間試験があると順番がつきますね。

 そこで上位の成績を収められてホッとする人はほんのひとにぎり。あとの大半の人は、小学生時代よりも順番が落ちてしまいます。

 学業成績だけを価値だと考えていると、がっかりして落ち込んでしまう人が出てきます。

 成績がいいのは価値あることですが、世の中にはいろんな価値があって、学業優秀というのもそのうちのひとつだと考えをシフトしてもらわなければいけません。

 大切なのは自主性を持ってものごとに取り組み、自律した自分をつくり上げること。中学校に入ったら早いうちにそのように価値観を変えていってほしい。

 そのためには部活動に打ち込み、同好の士と好きなことを共有する時間を持つことが、たいへん効果的なのです

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子どもは生まれながらに「親離れ」の本能を持つ

 中学生になったら、価値観を変え、視野を広げていくのが大切だと柳沢校長は教えてくれた。ひょっとするとそれは、親の側にも言えることなんじゃないだろうか?

 「中学受験というのは、競争の激しい世界なのは確か。合格を勝ち取ることだけ考えて受験期間を過ごすようになる気持ちはわかります。

 当の子どもたちはもちろんのこと、親御さんが非常にがんばっておられるのももちろん知っています。

 では合格して中学生になってから、どう気持ちを切り替えるか。親御さんのほうがうまく切り替えられない例は多いようですね。

 そこで私は合格者説明会で、親御さんにこう話しかけるようにしています。

 “これまでの道のり、本当におつかれさまでございました。子どもと密着した子育ては、これで終わりです。これからは子離れをしてください。”

 子どもには本来、親離れの本能があります。が、生物学的に見て、親には子離れの本能が備わっていません。

 自然界での生物は、次の世代ができると親世代は入れ替わりに死んでしまいますから、子離れの機能などいらないのです。

 人間だけは、子どもが成長したあとも親世代が数十年も生きることになっていますから、意識的に子離れをしなければいけなくなります

「話を聞く」ことが子どもの読解力を養う

 中学受験というハードルは、親子が一体になって挑まなければなかなか越えられない。

 それを首尾よく終えたとしたら、両者はそれぞれの道を歩めということか。子離れはいつごろから意識するのがいいだろうか?

 「中学生になるころからでいいでしょう。そのあと親としてどう子どもと接すればいいかといえば、よき『聞き役』になるのをめざすべきですね

 先日、ある雑誌の企画に協力して、東大生へのアンケートに目を通しました。

 すると、
『小さいころから親がよく話を聞いてくれた』
『勉強しろと言われたことがない』
 という回答が多数を占めていました。

 東大生の多くは親から小言を言われることなく、話をすれば耳を傾けてもらえる環境で育っていたのです。

 話すことというのは思いのほか重要です。相手が理解できるように話をするのは、勉強における基本中の基本。わかるように話すというのがすなわち論理性ですから。

 論理性があれば、読解力は自然と身につきます。読解力がつけば、教科を問わず試験の問題なんてちゃんと解けるようになります。

 子どもの論理性を養うには、たくさんしゃべらせることです。人は相手がいればこそ話をするものですから、親はとことん子どもの話の聞き役になってあげるのです。

 辛抱強く聞いていると、子どもは話しながら自分で論理を組み立てられるようになっていきます。
 
 子どもは自分の身の回りのことをなんでもしゃべる。親はいつでも話をちゃんと聞いてあげる。そういう親子関係を築くことが、勉強しなさいと口やかましく言う前にまずは必要なことです。

 勉強しなさい、とつい言ってしまう気持ちはわかりますが、それを言われて楽しく勉強している人を見たことがありません。

 自分の経験を振り返ってみればわかりますよね。そういうことを言われて、やる気が失せたことがきっとあるはずです。

 自分の子ども時代を思い出しながら子育てすると、いろんなヒントが得られるものですよ」

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課題を残す部分も多い教育改革

 教育の世界でいま盛んに話題に上るのは「教育改革」。柳沢校長はこれをどのように捉えているだろうか。

 「大学入試の改革として、記述式回答を増やすとか英語で四技能を求めるといった方向性は、正しいと思います。
 
 人ときちんとコミュニケーションをとるためには論理的に思いやものごとを伝えることが大切です。その能力を問うのが記述式の試験となります。

 ただし、記述式の場合は、ひとつの問いに対する答え方は千差万別で、解釈が割れる内容もあります。

 だからこそ問題を作る人と採点する人、その試験によって選ばれた子を教えることになる人が、三位一体になっていないとうまくいかないし効果も発揮されません。

 ですから実際のところ、現在の大学入試センター試験のような大規模な場で記述式を導入するのは、はたしてうまく機能するかどうか。道は険しいと思いますね」
 
 なるほど、では従来の「読み・書き」重視から「聞く・話す」も加えようという英語の四技能考査が取り入れられる点についてはどうか。

 「英語の四技能のほうは、外国語に対する日本人の歪んだ認識を整えるのに、意味と効用があります。

 古来日本では、中国からの文物を取り入れて知見を増やしてきました。中国の文献を読み、それについての問い合わせや感想を文章で書けるというのが、新しい知識を得るのに必須でした。

 読み書きがよくできることはすなわち、社会的な立場を強固にすることに直接つながったのです。

 知識や文化を大陸から仕入れていた日本ですが、地理的には海を挟んで離れているので、中国語をしゃべる人との直接的な交流はほとんどありませんでした。

 中国語を聞いたり話したりする必要はなく、読み書きさえできればエリートになれました。
 
その後、西欧との付き合いも始まり、知識を仕入れるための言語がオランダ語や英語になったときにも、まったく同じことが起きました。

 知識を商売にする層にとっては、読み書きができることがいつだって何よりも重要でした。
 
 ところが、言語には本来、日常のコミュニケーションをはかる役割もあります。いえ、そちらのほうが主たる機能と言っていいでしょう。

 いま日本には、観光地をはじめ外国人がたくさんいますし、仕事で海外とやりとりすることも増える一方です。他言語を聞けて話せないと困る場面が増えてきました。

 外国語を聞く・話す能力が求められているのだから、それを試験に出すということには意味があります。方向性としてはこちらも正しいと思われます。

 ただ、いまのところ制度や技術的な面での不公平感が取りざたされており、確かにそうした面はクリアしなければならないでしょう。

 開成では教育改革・入試改革への対策をしているのか、ですか? じつは特別なことはしていません。

 たとえば語学の授業では、もともと話す・聞くは重視しており、英語教師の9割方は英語だけで授業を展開できる人が揃っていますので」

開成ではこれまでも改革の内容を実践してきた 

 教育改革とはより本格的な、そして時代に則した知の獲得をめざそうとしているもの。それ自体は悪いことじゃないし、開成ではすでに以前からそうした方向での教育がなされていたということのようだ。

 「そうですね、開成が教育改革をうけて、活動や方針を大きく変える必要はいまのところないと思っています。

 これまで培ってきたものを活かしながら、自分の足で立って歩ける人がこれからもたくさん巣立っていってくれたらいいですね」

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ライター・山内宏泰 主な著書に、『親が知っておきたい 学びの本質の教科書 教科別編』(朝日学生新聞社)、『ドラゴン桜・桜木建二の東大合格徹底指南』(宝島社)、『上野に行って2時間で学びなおす西洋絵画史』(星海社新書)、『文学とワイン』(青幻舎)などがある。


☆この連載はLINE NEWS「朝日こども新聞」(月、水、金 8:30配信)でも配信されています。LINEアプリ(news.line.me/about)をインストールして「朝日こども新聞」を検索! 
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