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僕と選手名鑑と栗原勇蔵

僕は昔から選手名鑑を読むのが好きだ。

小学2年生の頃だったか。サッカーをよく見るようになった僕に、父親が選手名鑑をくれたのが始まりだったと思う。選手の生年月日、身長体重、利き足、経歴、成績...これでもかとデータの詰まったこの本は、図鑑系が好きだった僕にはどストライクだった。

それから毎年、親に名鑑を買ってもらってはボロボロになるまで読むというのを繰り返した。小学3年生の時に横浜から地方へ引っ越してマリノスの試合を観戦する機会が一気に減った上、インターネットを知らなかった当時はここから得られる情報がとても貴重だった。

いつしか自分なりの名鑑の読み方ができた。はじめは全チーム万遍なく読む。このチームにはこんな選手が入ったんだ、このチームの10番はこの選手なんだ、この選手はこんな趣味を持ってるんだ..そうやって全チームの情報に一通り目を通したあとはマリノスのページを読み込んでいく。今年の背番号は?今年から入った選手はどんな選手なんだろう?あの選手、毎年アンケートに答えてくれないせいで情報が少ないや。あの選手、推定年俸上がってる!フィジカルコーチがこんな人に変わったんだ...マリノスのページは毎年読み込んでいたので変わったこと、変わらないことに気がつきやすい。

年を追うごとにチームのメンバーは徐々に入れ替わっていく。選手名鑑を読んでいてふと、「ああ、あの選手移籍しちゃったんだった。」と思うことがあった。特に自分が名鑑を読むようになってからずっとマリノスにいたマツ、山瀬兄、大島秀夫...彼らがチームを去った翌年の名鑑なんかは読んでいてとても寂しい気持ちになったのを覚えている。

そうやって名鑑を通じて出会いと別れを経験するなかでも、ずっと変わらずマリノスのページに名がある選手がいた。

栗原勇蔵である。

背番号は何度か変わったものの、「ハマの番長」はずっとマリノスのページにいた。前所属チームはマリノスユースから変わらない、そして紹介文には大抵、格闘技好きであることが書かれているのだった。

変わらずそこに居続けてくれた勇蔵だが、彼にも年を経るごとに変化が感じられる部分があった。それは紹介文。だんだん「ベテラン」の文字が現れるようになったかと思えばいつしか「最年長」と書かれるようになった。

最年長だかなんだか知らないけど、それでも勇蔵は、きっと来年の名鑑にも載ってるさーーーーーだって勇蔵だもの。

そう勝手に思い込んでいた。

ところが2019年12月2日、最終戦を直前に控えたタイミングでクラブから引退が発表された。信じられなかった。

そして迎えた最終戦。チームは3-0で東京を破り優勝。勇蔵のラストイヤーは優勝という最高の結果で飾られることとなった。笑顔でシャーレを掲げる勇蔵。「4番を、脱ごうと思います。」引退セレモニーは彼らしい挨拶で、笑顔で締めくくってくれた。

場内一周をほとんど終え、ロッカールームに下がる直前、勇蔵は振り返ってサポーターに手をふった。

「ああ、行ってしまうんだな。引退してしまうんだな。」僕はそう思った。


来シーズンからの選手名鑑に、栗原勇蔵の名はないだろう。僕はそこで本当に勇蔵が引退してしまったということを痛いほど実感するのだと思う。正直、読みたくないという気持ちすらある。

それと同時に来シーズン、マリノスの新背番号4は誕生するのだろうかという少しの好奇心もある。誕生するとしたらその選手はどこ出身で、ニックネームは何で、どんな趣味を持っているのだろう。


きっと僕は、大学2年生になる来年もまた、選手名鑑を買うだろう。

来年の選手名鑑を読むのが怖い。でも同時に少し楽しみでもある。

ありがとう、勇蔵。

2019.12.8. 


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