ギャップ(一部フィクション)

奥さんは20才になるまでゲーム・コントローラーを手に取った事がなかった。
初めてゲーム機で遊んだタイトルは私が持っていたPS2のタイトル。
3D空間のキャラクターがスティックを倒した方に歩いていくのが本当に衝撃的な体験だったらしく、ゲームの目的云々を抜きにただただハンターを歩かせ、走らせ、剣を振るわせて十数時間止まらずプレイしていた。

かと言ってゲーム体験自体が人生初ではなく、ガラケーのiアプリでFF1リメイクを遊んでいた。当然オリジナルのFF1は知らない。
彼女にとってのゲームは暇つぶしでしかないらしく、ストーリーがいいとか、キャラクターへの愛着とか、戦略がどうとかじゃなく、Lvを上げて物理で殴るのがすべてだった。
画面を見た時の衝撃は今でも覚えていて、パーティメンバー4人の名前、「あ」「い」「う」「え」だった。
なんで!?なぜ!?ってなるのだけど、キャラクターの個性には興味が無いらしい。それでクリアしたというので少し心の心配をしたが、本人は至って健やかだった。

私達の世代では、ドラゴンクエストやファイナルファンタジーを代表とするRPG文化はファミコンから始まった。奥さんはファミコンを見たことがない。だからFF1リメイクは "ただのiアプリ" でしかなかった。
ドット絵はロストテクノロジーとなりつつある職人芸だけれど、これも彼女にとっては "荒い画質" でしかない。

もったいないのか?

ファミコンを知らない。スーパーファミコンを見たことがない。ニンテンドー64も聞いたことがない。私からするとまるで宇宙からきた人のようで、思わず色々質問攻めにしてしまった。当たり前だと思っていた経験が共有・共感できない事は大変もどかしい気持ちになるのだと知った。
自分にとって8bitゲーム機が生活の一部だった時代はゲーム黄金期と言っていい。
"これを知らないなんてもったいない" という感情があった。今日の礎となるものであるし、脈々と続くシリーズの源流がそこにあるから。Youtubeだったり実機だったり、様々なゲーム映像やプレイを見せたが、"3Dに非ずんばゲームに非ず" というポリシーが出来上がりつつある彼女にとって、色数8、和音数3の環境は苦痛でしかなく、一切の興味を示さなかった。
マザーだってドラクエだってマリオだってスターソルジャーだって苦痛なのだ。PS2タイトルで使われるテクスチャ画像1枚にさえ満たない容量であるファミコンゲームは、洞窟に描かれた壁画のような存在で、プロジェクションマッピングを用いた現代アートには到底及ばない。
私は "もったいない" という言葉を封印した。

なんて

硬い文章を書きましたが要するに同世代でジェネレーションギャップがあったという話です。
彼女ののめり込みっぷりは半端でなく、寝ても覚めてもとにかくゲームが頭にあったようです。
私自身ゲーム好きなので、最初は喜んで見ていましたが徐々にその狂気じみた傾倒ぶりが心配になりました。しかし人生で初めてこんなに楽しいことを見つけたという彼女から取り上げることもできず、生暖かい目で見ていようと、いつかは多少なり飽きて普通の暮らしに戻るだろうと、蓋をすることにしました。
しかし、1ヶ月経っても2ヶ月経っても、半年経ってもその状況は変わりませんでした。それでも会話はありましたし、休日に外に出ることもあったので、彼女が楽しいのならまぁいいかと。浪費する趣味でもないし、むしろありがたいと思うことにしました。

そんなある日、奇妙な出来事がありました。
仕事が終わり帰宅すると、家の電気がすべて消えています。
夏場で早い時間だったので真っ暗というわけではなく、窓から射す夕日で僅かに室内の家具がシルエットで見えました。
どこかに出掛けてるんだろうな。そう思いました。でも事前にそんな話は聞いていなかったし、家をあける時も防犯上リビングの電気は付けたままにしている筈です。
そこまで考えて、ふとおかしな点に気付きました。なぜ窓から夕日が見えるのか。見るとカーテンが半分ほど開いています。1日ゲームをしているので普段は閉め切っています。何故か、悪い予感がしました。ただ電気が消えていて、カーテンが少し開いているだけなのに、その理由を確かめたらいけないような、今までの暮らしが終わってしまうような、言い様のない閉塞感で胸が締め付けられ、私は玄関に立ち尽くしたまま動けなくなってしまいました。

2,3分そのままじっとしていたと思います。意を決して靴を脱ぎ、まっすぐ窓に向かいました。途中、リビングを横切る形になります。視線を横にずらした時、そこには夕日の薄明かりに照らされたままゲームに没頭している彼女の姿がありました。
「なんでやねん」
絞り出すように言ったのを覚えています。集中するあまり、周りが暗くなったことに気付いていなかったそうです。カーテンは洗濯物を取り込んだときにしめ忘れたらしいです。

この物語は一部フィクションです。



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