脚本『パパっと裁判』

パパっと裁判

登場人物 

木野 俊一(40)…父
木野 涼子(36)…母
木野 治佳(12)…娘

仲介者A(26)…女性
仲介者B(39)…女性…涼子の同僚
仲介者C(58)…男性
仲介者D(25)…男性
サラリーマンA(33)
サラリーマンB(43)
サラリーマンC(29)
松永 真波(11)…治佳の同級生
代表委員の男子(12)…治佳の同級生
代表委員の女子(12)…治佳の同級生
担任(35)…治佳の担任
部長(46)…俊一の上司
社員(27)…俊一の部下
母親(29)
赤ん坊(1)
店員(30)…超高級イタリアンレストランの店員
不審者(35)…男性
女性(31)
女子高生(17)
中年女性(53)
清掃員(60)…男性
老人(70)
コンビニ店員(22)…男性
男子中学生(14)
老婆(73)
TVアナウンサー(声)
機械アナウンス(声)

〇木野家・外観(朝)

古いが立派な作りの一軒家。

〇同・俊一の部屋(朝)

カーテンが閉まっている。
俊一、布団で寝ている。 
枕元に置かれた、六時五十五分を指した目覚まし時計のベルが鳴る。
俊一、しばらくモゾモゾした後やっと目覚まし時計を止めてゆっくり上体を起こす。

〇同・リビング(朝)

壁の時計が六時五十九分を指している。
俊一、部屋から出てくる。涼子、ソファーに座ってテレビのニュースを見ながらバナナを食べている。

涼子「あ、おはよう」

俊一「(寝ぼけて)おはよう」

俊一、そのままリビングを横切って向こう側のトイレに行く。
涼子、変わらずニュースを見ながらバナナを食べる。

TVアナウンサー(声)「……昨年度、投票制簡略型裁判・通称『パパっと裁判』が行われた回数は三十億六千七百三万二千四百十五回で、一昨年を三千二百五十七万千八百三回下回っていました。これに対し昨日、幸福庁の本橋長官は『国民間の揉め事が減少している証拠。これからもパパっと裁判を利用していってもらいたい』と、その効果をアピールしました」

涼子、ニュースをボーっと見る。
俊一、トイレから戻って来る。

涼子「(俊一を見て)パンでいい?」

俊一「うん」

五分後。俊一、テーブルに着いている。目の前にアイスコーヒーと皿に載ったトーストが置かれている。
手のパンくずをゴミ箱に払い落とした涼子、またソファーに座る。

俊一「いただきます」

涼子「あん(適当な返事)」

トーストをかじる俊一。

涼子「最近、遅いね。帰り」

治佳の部屋からアニメキャラの目覚まし時計の音声が聞こえる。

目覚まし時計(声)「おい起きろ、朝だぜ? このヘシオドリア騎士団のマードベル・ガーベル様が起こしてやってるんだ。早くしないと置いてっちまうぜ? 何⁉ ヒレムの力がもう足りない! 俺はもうここには居られない! 早く起きろ!(以下ループ、音声が流れ続ける)」

俊一「……仕事をね、今日あんまやらなくていいように前倒しでやっとこうと思って」

涼子「今日?」

俊一「うん。忘れる訳ないじゃん」

涼子「(歓喜)覚えててくれたの? 結婚記念日! わーありがとう、ねぇ、今年は(目覚まし時計の音声に耐えかねて)うるさいなもう」

涼子、治佳の部屋に入っていく。俊一、姿勢を崩す。
目覚まし時計の音声が止まる。

涼子(声)「ホラ起きなさい遅刻するよ今日も大縄跳びの練習あるんでしょ!」

涼子、戻ってくる。俊一、また姿勢を正す。涼子、俊一をスルーして忙しそうに奥の台所に行く。
治佳、部屋から出てくる。

俊一「おはよう」

治佳「ん、おはよう……」

治佳、俊一からは見えて涼子からは見えない位置の壁のカレンダーを見る。今日の日付にマッキーで赤丸がつけられている。

治佳「(カレンダーを見ながら)お母さん機嫌良いね」

俊一「何で(動揺・コーヒーを飲む)」

治佳「いつも目覚まし時計止めるだけで起こしてくれないし」

俊一「ああ……(コーヒーをグビグビ飲む)」

治佳「(俊一の方を向いて)でも私も結構楽しみなんだよ、高いもの食べれるし」

俊一「ああ、うん……(コーヒーをガブガブ飲む)」

トースターの「チン」という音。
涼子、台所からアイスコーヒーと皿に載ったトーストを持ってきてテーブルの空いているスペースに置く。
治佳、それを無言でじっと見た後、トイレの方に行く。俊一、トーストを食べながらスマホを取り出す。
十五分後。テーブルの上の食器が片付けられている。
治佳、歯を磨いている。
涼子、奥の台所で食器を洗っている。
俊一、コーヒーをガブ飲みしながらスマホで「レストラン 安い 高級感」と検索している。

治佳「(歯を磨きながら)時間、いいの?」

俊一、スマホの右上の時間を見る。

俊一「わっやばっ!」

〇同・玄関(朝)

俊一、スーツに着替え、会社カバンを持ち玄関に立っている。見送る涼子。

涼子「(笑顔)行ってらっしゃい!」

俊一「うん」

俊一、急いで家を出る。治佳、廊下の向こうに立って歯を磨きながらそれを見ている。

〇電車内(朝)

通勤ラッシュの満員電車。
俊一、つり革につかまって立ち、スマホで「高級感のある安いレストラン」を探していたが見つからずポッケにしまう。その時、コーヒーをガブ飲みしたうえにその後トイレに行かず出てきたために高まった尿意に気付く。
股をモゾモゾさせる俊一。
駅に停車。俊一、人をかき分けて降りる。

〇駅構内・トイレ前(朝)

俊一、早歩きでトイレ前に来る。男子・女子共にトイレ内から行列が伸びている。
俊一、一瞬迷って男子トイレの列の最後尾に並ぶ。その後ろにサラリーマンA、サラリーマンB他、モジモジしたサラリーマンが次々に並んでいく。

〇郊外・通学路(朝)

治佳、一人ランドセルを背負い無表情で歩いている。
周囲に二人か三人で固まって登校するいくつかの生徒達のグループ。
松永真波、団地に続く脇道から歩いてきて治佳に後ろから近付く。

真波「わっ」

治佳「わっ! (振り向いて・弱い笑顔で)おはよう」

真波「ねえ昨日のビタラブ見た? 見た?」

治佳「あっ、いや、見てない……」

真波「もうねマジヤバかったのあのね白鷺先輩が実は樹奈と付き合っててね樹奈がそれを隠してたのが柚香にバレてそれで柚香が」

二人の向こうに小学校が見える。

〇駅構内・男子トイレ(朝)

列が進んでトイレの中まで来た俊一。
尿意が大分ヤバくなっている。
俊一の背後からサラリーマンAの声。

サラリーマンA(声)「あの……すいません……」

俊一「(振り向いて)はい?」

俊一の目に入ったサラリーマンA、俊一よりもさらに尿意の限界が近そうな、立っているのもやっとのモジモジ具合。

サラリーマンA「本当に危ないんです……もし僕より大丈夫そうなら、前、換わってくれないですか……?」

俊一「(嫌そうに)あぁ……はい、どうぞ」

サラリーマンA「あっありがとうございます!」

俊一、サラリーマンAに前を譲る。
その背後でサラリーマンBの声。

サラリーマンB「あの……」

俊一、無視。

サラリーマンB「あの! あの……」

俊一「(イライラしながら振り向いて)何ですか!」

俊一の目に入ったサラリーマンB、サラリーマンAよりさらにヤバそうな、尿意の限界を超えて気力で耐えているみたいなモジモジ具合。

サラリーマンB「お願いします……! 本当に……」

俊一「何がですか」

サラリーマンB「かっ換わってくれませんか」

俊一「いやもう無理です」

サラリーマンB「えっ何でですか」

俊一「僕も漏れそうだからです」

サラリーマンB「えっでもだって」

俊一「だって何ですか」

サラリーマンB「今あの人には前譲ったじゃないすか」

俊一「はい、譲りました」

サラリーマンB「じゃああの人よりも多分もっと漏れそうな私にも譲ってくれてもいいじゃないですか」

俊一「いや無理です」

サラリーマンB「何でですか」

俊一「あの人に前を譲った時はまだ他人の事を考える余裕があったけどあの人に前を譲ったことで一人分時間が増えたために他人の事を考える余裕が無くなったからです」

サラリーマンB「一人分くらい大したこと無いじゃないですか」

俊一「じゃあ譲らなくていいじゃないですか」

サラリーマンB「いやでも、でも」

俊一「でも何ですか」

サラリーマンB「あの人に前を譲る前よりも余裕が無い今のあなたよりも私の方が余裕が無いんですけど多分」

俊一「だから何ですか」

サラリーマンB「それでも譲ってくれないんですか」

俊一「だからそれが他人の事を考える余裕ってことじゃないですか」

サラリーマンB「納得できないっす」

俊一「そうですか……」

サラリーマンB「こうなったらアレですよ、アレしますよ」

俊一「いいですよ、やりましょうか、パパっと裁判」

〇小学校・六―二教室(朝) 

朝の学活。
担任、教室前方窓側の机に座っている。
代表委員の男子・女子が前に立っている。

担任「(プリントを読みながら)突然カメラで写真を撮ったり、声をかけてきたということでーす。えーいつも言ってますが、不審者を見たら刺激しないように逃げて、後で先生に知らせる事、いいね。(プリントから目を外し生徒達を見て)えーそれから保護者会と面談の紙、金曜までだから来る人も来ない人も出してなー、あ、今持ってたらもう貰っとくし」

数名の生徒が保護者会、面談の出欠の紙を担任の所に持っていく。
治佳、席に座り一人真顔で黙っている。
真波、治佳の後方の離れた席で他の女子生徒と小声で喋っている。

担任「こんなもんかな、あとの人も金曜までに出してなー。はいじゃああいさつお願いします」

代表委員の男子・女子「立ってください」

生徒一同、起立。

代表委員の男子・女子「気を付け、れー」

生徒一同、礼。

〇木野家・リビング(朝)

皿洗い、洗濯等、家事がひと段落ついた涼子、ソファーにドカッと座ってテレビのリモコンを手に取り、録画したドラマ「溺れてビターラブ」をウキウキで見始める。

〇駅構内・男子トイレ(朝)

列の一番前まで来た俊一と、その一つ後ろでモジモジしながら俊一を睨むサラリーマンB。
小便器が一つ空き、俊一、そこに立つ。
直後にもう一つ空き、サラリーマンB、そこに立つ。サラリーマンB、俊一を睨みながら両者、用を足す。

俊一・サラリーマンB「(安堵)あぁー……」

その後ろを用を足し終わったサラリーマンAがスッキリした顔で通過。

サラリーマンA「ふぅー……(俊一に)あっどうもありがとうございました」

俊一「(用を足しながら)あっいえ、全然」

まだ俊一を睨むサラリーマンB。両者、用を足し終わり、トイレの外へ向かう。

サラリーマンB「(ベルトを締めながら)逃げないで下さいよ」

俊一「(ベルトを締めながら)逃げてねぇよ。近場でどっかないんすか」

サラリーマンB「(スマホを操作しながら)この辺だとそうですねぇ、こことか(画面を見せる)」

俊一「あーここ近いですね。ここ行きますか」

〇小学校・六―二教室(朝)

一時間目。社会の授業。担任が教卓に広げた教科書を置いて前に立っている。

担任「じゃあ木野、この『近年の裁判』ってとこ読んで」

治佳「(教科書を読みながら)えー、二〇十二年に成立した『ストレス軽減法』によって、投票制簡略型裁判が行われるようになりました。この……」

〇超簡易裁判所1・外観(朝)

国道沿いの小さな店舗。
徒歩で来てそこに入っていく俊一とサラリーマンB。

〇同・店内(朝)

俊一とサラリーマンB、中に入る。
窓口があってその向こうに仲介者Aが座っている。

仲介者A「いらっしゃいませー」

俊一「大人二人、一対一で」

言いながら俊一とサラリーマンB、窓口に座り、仲介者Aに五百円ずつ払う。
仲介者A、金を受け取ってパソコンに向かう。

仲介者A「(パソコンに何か打ちながら)で、今日はどうしました?」

サラリーマンB「はい、あのですね」

〇小学校・六―二教室(朝)

治佳「(教科書を読みながら)投票制簡略型裁判は、民間で発生したトラブルをスムーズに解決するための制度です。当事者たちだけで解決できないトラブルが発生した場合、その当事者たちが近くの店舗に行き、『仲介者』が双方の主張をまとめてインターネットに公開して、全国の『判定者』たちがその場でどちらに非があるかを多数決で決めます。被告・原告の区別は無く、裁判の結果に関わらず手数料は双方一回五百円ずつで、裁判に勝った方が七百円受け取ることができます。投票制簡略型裁判に年齢などによる制限は無く、誰でも他人を訴えることができます」

〇超簡易裁判所1・店内(朝)

俊一「……という事なんです」

サラリーマンB「どっちが悪いっすかね」

仲介者A「なるほど、分っかりました。じゃあ一度ご主張内容のご確認をお願いします」

仲介者A、パソコンを裏返して俊一とサラリーマンBに見せる。
パソコン画面「09:33 東京都立川市曙町 大人二人 駅構内のトイレにて、お客様1が、自分の後ろに並んでいた自分よりも漏れそうな男性に前を譲った所、さらにその後ろに並んでいた、さらに漏れそうなお客様Aがお客様1に自分にも前を譲るよう要求、お客様1がこれを拒否したもの。なお、結果的には二人とも間に合って用を足すことができた。以下、双方のご主張内容 お客様1 四十歳・男性・会社員 最初、後ろに並んでいた男性に前を譲った時は他人の事を考える余裕があったが、その後お客様Aに前を譲るよう要求された時にはその余裕が無くなっていた お客様A 四十三歳・男性・会社員 お客様1は男性に前を譲ったなら、男性よりもさらに漏れそうな自分にも譲るべきである。結果的に無事だったとはいえ、受けた精神的苦痛は計り知れない」

俊一「はい、大丈夫です」

サラリーマンB「何か私タチ悪い人みたいになってないすか」

俊一「なってないですよ、大丈夫です」

サラリーマンB「そうですか?……じゃあ、はい、いいです、これで」

仲介者A「じゃあこれで出しちゃいますね」

仲介者A、パソコンをまた自分の方に向けて操作する。

〇小学校・六―二教室(朝)

担任「はいありがとう、じゃあ次松永、その下の『コラム・仲介者と判定者』ってとこ読んで」

真波「(教科書を読みながら)仲介者は主にアルバイトやパートで、投票には判定者としてインターネットから無条件で誰でも参加することができます。五分間の投票期限の間に平均で三百万人が投票します」

〇超簡易裁判所1・店内(朝)

パソコンからピピピっと音が鳴る。

仲介者A「五分経ちましたね、えー結果は……お客様1の勝訴ですね」

サラリーマンB「わーマジすか」

俊一「あー、よかった、やっぱり」

仲介者A「(俊一に)こちら七百円になります」

仲介者A、言いながら俊一に七百円を渡す。

俊一「どうも(七百円を財布にしまう)」

仲介者A「あとこちらレシートになります」

仲介者A、俊一とサラリーマンBにそれぞれレシートを渡す。

〇小学校・六―二教室(朝)

担任「はいありがとう、えー投票制簡略型裁判……まあいわゆるパパっと裁判なんだけど、みんなの中で投票したことあるっていう人はどれくらいいるのかなちょっと手ぇ挙げてみて」

クラスの七割程度が挙手。治佳は挙げない。真波は挙げる。治佳、挙手した真波を振り向いてチラ見する。真波は治佳の視線に気付かない。

担任「あーそっか結構いるんだね。じゃあ実際に誰かを訴えたことがあるっていう人は?」

クラスの半分程度が挙手。治佳は挙げない。真波は挙げる。治佳、挙手した真波を振り向いてガン見する。真波はまだ視線に気付かない。

担任「あーそっか半分くらいだね。まあでも皆のご両親とかはまあほぼ経験あると思います。先生もしたことあります。だからパパっと裁判っていうのはもう今や我々の生活の一部になってるって言っていいし、これが始まってから日本人のストレスは相当減少したって言われてます。先生もそう思います。勝訴した方は相手から二百円ぶんどってスカッとするし、敗訴した方は必要な情報だけを見た人達による客観的な視点からの判決で負けたってことで大半の人が納得するし、そうでない人は本当の裁判に持ち込めばいい訳だしね。しかもこの辺でさえずっと五百メートル間隔で店舗があるし、都心なんかは……」

〇超簡易裁判所1・外観(朝)

店舗から出てくる俊一とサラリーマンB。

サラリーマンB「じゃあ失礼します、すいませんでした」

俊一「いえとんでもない、ありがとうございました」

サラリーマンB「それじゃあ」

サラリーマンB、来た方に歩き出す。

俊一「あ、そっちなんですか」

サラリーマンB「(振り返って)はい。私途中で降りたんで」

俊一、サラリーマンBと逆の方に歩き出す。サラリーマンBの向こう側からカップルが口論しながら歩いてきて、店舗に入っていく。

〇木野家・リビング(朝)

ドラマ「溺れてビターラブ」を見終わった涼子、涙と鼻水でグズグズになった顔面をティッシュで処理する。
ティッシュをゴミ箱に捨てて時計を見、キリっとした顔になってソファーから立つ。

〇会社・オフィス 

壁の時計が十一時二分を指している。とっくに業務は始まっていて、多数の社員がデスクワークをしている。
部長、デスクでパソコンを操作している。
俊一、駆け込んでくる。

俊一「すいません遅れました」

部長「(パソコンを操作しながら)理由は?」

俊一「(レシートを見せる)パパっと裁判を」

部長「……もしかしてこれ?」

部長、パソコン画面を俊一に見せる。
パパっと裁判の投票画面が表示されている。
パソコン画面「09:33 東京都立川市曙町 大人二人 駅構内のトイレにて、お客様1が、自分の後ろに並んでいた自分よりも漏れそうな男性に前を譲った所、さらにその後ろに並んでいた、さらに漏れそうなお客様Aがお客様1に自分も前に譲るよう要求、お客様1がこれを拒否したもの。なお、結果的には二人とも間に合って用を足すことができた。以下、双方のご主張内容……」

俊一「あ、そうですお恥ずかしい(笑)」

部長「じゃあしょうがないって、いいよいいよ」

俊一「っていうか部長勤務中に何見てんすかー(笑)」

部長「いやだってちょっとだけ開いたらたまたまこれが一番上に出てたんだって、気分転換だよ(笑)。それより木野君今日アレ、なんかあるんだったよな? いいよ早めに帰って」

俊一「すいません。ありがとうございます」

俊一、頭を下げ自分のデスクに着き、パソコンを開く。

一人の社員が会社カバンとレシートを持ってダラダラと入ってくる。

社員「すいませーんパパっと裁判やってましたー」

〇超簡易裁判所2・外観

大型店舗。既に多くの車が停まっているその駐車場に一台の車が入り、「従業員専用駐車場」の看板が貼ってあるスペースに駐車。中から鞄を持った涼子が出てくる。

〇同・控え室

自分のロッカーの前で店の制服を着終わる仲介者B。
涼子、入室。

涼子「お疲れ様です」

仲介者B「あっお疲れー」

仲介者B、ロッカーから紙袋を取り出し涼子に差し出す。

仲介者B「こないだ旦那と沖縄行ってきたんだけどさー。あ、これお土産」

涼子「(歓喜)えーいいんですか? ありがとうございますぅ!」

〇同・店内

大型の郵便局みたいに窓口がズラッと並んでいる。
窓口の向こう側の奥に「STAFF ONLY」のドア。
数字が表示された小さな電光掲示板が立つそれぞれの窓口で仲介者と当事者達がパパっと裁判を行っている。

機械アナウンス(声)「ひゃく、さんじゅう、にばんの、かーどを、おもちの、おきゃくさま、さんばんの、まどぐちまで、おこし、ください」

その中の一つで清掃員と中年女性の話を聞きパソコンに入力する仲介者B。

中年女性「前の人はエレベーターの所とかも掃除してくれてたのにこの人になってからやってくれないんですよ」

清掃員「だって知らないですよそんなの」

仲介者B「(パソコンに入力しながら)なるほどねーありますねーそういうのねー」

その隣の窓口で老人とコンビニ店員の話を聞きパソコンに入力する涼子。

涼子「今日はどうされましたか」

老人「だからぁ、どう見ても二十歳以上だろ俺は。何でわざわざあんなの押さなきゃいけねぇんだよ」

コンビニ店員「ですからぁ、年齢確認して頂かないと煙草はお売りできないっつってるじゃないすかぁ。そういう事になってるんすからぁ」

涼子「(パソコンに入力しながら)あぁそうですよねぇわかりますぅ」

〇郊外・通学路(夕方)

下校する治佳と真波。
周囲にも下校中の小学生達。

真波「でさー一昨日行ったらもうその限定のやつが期間終わっててさーそんでしょうがないから」

治佳「(遮って)ねえ」

真波「(冷めて)何?」

治佳「どんな感じなの、パパっと裁判って」

真波「どっちが」

治佳「投票は?」

真波「(冷静に)別に結構皆やってるし別に普通だよ、ガラケーとか子供用のケータイとかでもできるし」

治佳「じゃあ裁判自体は?」

真波「……二回くらいかな、二年生の頃スーパーのお菓子売り場で変なおじさんに追いかけられた時と、去年プールで知らないおばさんに怒鳴られた時で。どっちも勝ったよ。店員さんが色々教えてくれたし、最初の時も別に大丈夫だったよ」

治佳「ふーん……」

真波「何、やってみたいの(笑)?」

治佳「……」

〇木野家・玄関(夕方)

治佳、無言で帰宅。

〇同・リビング(夕方)

壁の時計が四時五分を指している。
家着(ダルダル・ユルユルのズボンとトレーナー)に着替えた治佳、ソファーに座って録画したドラマ「溺れてビターラブ」をボーっと見ているが途中でテレビの電源を切り、ヨロヨロと立ち上がる。

〇同・治佳の部屋(夕方)

治佳、床に仰向けに寝転がってスマホ(子供用でもなんでもない、至って普通のもの)をぎこちない動きで操作している。
スマホ画面「パパっと裁判 投票はこちらから」
治佳、真顔でさらに操作、リアルタイムで最新の案件が表示されているページに行く。
スマホ画面「新着 100件」
この十分間に発生した百の案件の時間、場所、人数が載っている。
スマホ画面「15:16 神奈川県川崎市麻生区 大人二人」
治佳、とりあえず一番上に出ていた案件を選択。
スマホ画面「路上にて、お客様Aがお客様1を見た所、お客様1がお客様Aに『何見てんだよ』と声をかけ、チョップ等の暴行を加えたもの。なお、お客様Aにケガは無かった。以下、双方のご主張内容 お客様A 十九歳・男性・学生 お客様1を見たのは確かで、もしそのためにお客様1がご不快な思いをさせてしまったならそれは申し訳ないと思う。ちなみに、よく目つきが悪いと人に言われるが生まれつきである お客様1 三十歳・男性・飲食店経営 お客様Aが見ていたのでガンを飛ばされたと判断し、応戦した」
治佳、読みながらページを下に進めていく。
スマホ画面「非があると思う方に投票しよう お客様A お客様1」
治佳、ちょっと迷ってお客様1を選択。画面が切り替わる。
ケータイ画面「投票ありがとうございました! 全国のコンビニエンスストア、書店、ドラッグストア、ファミリーレストランなどでお使いいただけるクーポンのプレゼント! クーポン番号H58r6Gn4LfDF」
治佳、ニヤッとする。
一時間後。治佳、寝転がったまま楽しそうに漫画を読んでいる。
玄関の方で鍵が開く音。治佳気付く。

〇同・リビング(夕方)

治佳、漫画を持ったまま部屋から出てくる。
奥の台所で大量の食材が入った三つのエコバッグを足元に置き冷蔵庫に食材を詰めている涼子。

治佳「おかえり」

涼子「……ただいま。お父さんは?」

治佳「まだ」

涼子「そう」

一時間後。時計が六時七分を指している。
治佳は部屋に戻っている。
涼子、ソファーに座り雑誌を読んでいる。
玄関の方で鍵が開く音。涼子、立ち上がり雑誌をテーブルに置いて小走りで玄関に行く。治佳、漫画を持ったまま部屋から出てきて玄関の方を見る。

涼子(声)。「おかえり」

俊一(声)「あーただいま。いやー思ったより遅くなっちゃって」

涼子「ううん、私も今帰ってきたとこで……」

俊一と涼子、リビングに来る。

治佳「おかえり」

俊一「ただいま。じゃあ、行こうか、ご飯、食べに」

〇道中・車内(夕方)

運転席にウキウキの涼子。助手席に俊一。後部座席に治佳。

涼子「(運転しながら)いやーホント嬉しいわー高いでしょあそこ。大丈夫なの?」

俊一「あ? ああ、まあ」

治佳、ニヤニヤ笑う。
俊一、バックミラーでニヤニヤ笑う治佳を見る。ミラーの中の治佳の目がこっちを見て一瞬目が合う。俊一慌てて目をそらす。

〇超高級イタリアンレストラン(夜)

シャレオツなBGMが流れる店内。俊一、涼子、治佳、三人で大量の料理が載ったテーブルを囲み、それぞれ水、グレープフルーツジュース、水の入ったグラスを手に持っている。

俊一「じゃあ、かんぱーい」

涼子「かんぱーい」

治佳「ぱーい」

三人、グラスを合せる。
数分後。治佳、無言で料理をガツガツ食べている。
涼子、グラスを持ち(飲みはしない)、料理そっちのけで俊一に喋っている。俊一は話半分、料理半分。

涼子「ねえ、今度旅行行きたいな旅行」

俊一「(食べながら)あー旅行ねぇ……例えば」

涼子「うーん……遠い所」

俊一「(食べながら)あー遠い所ねぇ……例えば」

涼子「うーん……海外」

俊一「(食べながら)いや海外は無理でしょ。九州とかいいんじゃない? 九州」

涼子、ほんの少しムッとする。治佳、その間も食べ続ける。
赤ん坊の泣き声。俊一、涼子、治佳、泣き声の方を見る。
向こうのテーブルで疲れ切った母親が泣く赤ん坊をほったらかして一人料理をガツガツ食べている。涼子、それを見て嫌な顔をする。
俊一と治佳は割とすぐまた料理を食べ始めるが涼子はずっと母親と赤ん坊の方を嫌な顔で見ている。

俊一「……あんまり見るなよ」

涼子「だってあれ……」

治佳、食べながら涼子を目で見る。
涼子、店員を呼ぶ。

涼子「すいませーん」

店員すぐ来る。
その間も食べながら涼子を目で見続ける治佳。

店員「どうされましたか」

涼子「(グラスで母親を指して)あれ、うるさくないですか」

治佳、涼子から目を外す。

店員「はあ……」

涼子「あれ、何とかならないですか」

店員「はあ……少々お待ちください」

涼子の視点。店員が自分達のテーブルから離れ、母親と赤ん坊のテーブルに行き母親に何か話しかける。店員と母親でしばらく何か会話が交わされた末に店員が戻ってくる。

店員「やっぱりそういった事はお客様同士の問題ということで……」

涼子「何、私が直接言えって?……分かりました」

涼子、席を立ち母親と赤ん坊のテーブルに行く。

涼子「ちょっと、静かにしてくれませんか」

母親「(遠い目・食べながら)さっきまでは大人しくしてたんですよ。っていうか大人しくさせてたんですよ。でももう無理です。この子の事を何も考えない、自分のためだけの時間っていうのを作らないと死んでしまいます」

涼子「それは分かりますけど、じゃあせめてもっと安い店行って下さいよ。ここはそういう店じゃないでしょう」

母親「(遠い目・食べながら)だってここに来たかったんだからしょうがないじゃないですか。かと言って家にこの子一人で置いてけないし。しょうがないですよ」

涼子「……納得できない。それ食べ終わったら一緒に来て下さい」

母親「えー……面倒くさい」

涼子「家族団欒のひと時を台無しにしたんですよあなた……私の結婚記念日に」

俊一は面倒臭そうな顔、治佳は真顔で向こうのテーブルから涼子を見ている。

母親「……この辺ってどっかあるんですか」

涼子「ちょっと距離ありますけど……車ありますか」

母親「無いです」

〇道中・車内(夜)

運転席に怒りに震える涼子。
助手席に死んだ目の俊一。
後部座席に真顔の治佳と泣く赤ん坊を抱える死んだ目の母親。

〇超簡易裁判所3・店内(夜)

寂れた店舗。
窓口の向こうに座ってスポーツ新聞を読む仲介者C。
怒りに震えヤル気マンマンの涼子。その後ろに続く死んだ目の俊一、真顔の治佳、泣き喚く赤ん坊を抱える死んだ目の母親。五人入店。

俊一「(振り向いて、母親に)すみません。ホントにすみません」

母親「ホントですよ、私の自分のためだけの時間どうしてくれんすか」

俊一「すみません。ホントにすみません」

前の俊一、後ろの赤ん坊と母親に挟まれた治佳、少しだけニヤッと笑う。
涼子、俊一、治佳、赤ん坊を抱いた母親、窓口に座る。
仲介者C、読んでいたスポーツ新聞を下げて目だけ出して五人を見る。

涼子「三対一で」

俊一「えっ」

涼子「何、私が一人でやれって?」

俊一「いやあだって、ねえ……」

仲介者C「あの決まってから来てもらえますか」

涼子「いいよじゃあ、一対一で」

涼子、窓口の仲介者Cに五百円払って母親を見る。

母親、面倒臭そうに財布を出し、百円玉五枚を仲介者Cに払う。

仲介者C「(小銭を回収しながら)で、どうされました」

涼子「あのですね、私たち旦那との結婚記念日で家族でこっからちょっと行ったとこの高級、高級イタリアンレストランでご飯食べてたんですよ和気あいあいと仲睦まじく!(俊一と治佳を見て)ね⁉」

俊一「(面倒臭そうに)はい。そうです」

涼子「なのにですよ、(母親を見て)あの人があんな泣いてる赤ちゃん連れて高級、高級イタリアンレストラン入って来て、泣き止ませる素振りも見せないで一人でずっと飯食ってんですよ。おかしくないですか」

仲介者C「(パソコンに入力しながら)で?  そっちの方は?」 

母親「(涼子を見ながら)じゃあ言わせてもらいますけどねぇ、お宅のお子さんがこの子ぐらいの時あなたどうしてたんですか。ずっとああいう所行かないで我慢してたんですか」

涼子「別に行きましたけどね。うちの子ちゃんと静かにしてたんでああいう所では」

母親「あのねぇ!」

仲介者C「(パソコンに入力しながら)あのさ主張内容に関係あること喋ってよ」

母親「……!」

数分後。仲介者Cから受け取った七百円とレシートを財布にしまう涼子。

涼子「はースッキリした」

俊一「その辺にしとけって」

涼子「だって、嫌じゃないの?」

俊一「それはさだって……」

赤ん坊を抱いた母親、窓口を立って出口に向かう。

涼子「送ってかなくていいんですかぁ?」

母親「結構です」

母親、店を出る。

俊一「(治佳に)……お前も嫌だったよな? こういうの」

治佳「(楽しそうに)ううん、ねえお母さんもこの仕事やってるんでしょいつも」

母親「……そうだよ」

治佳「何で今まで教えてくれなかったのこれ」

母親「(ボソッと)こうなって欲しくないからだよ」

〇超簡易裁判所2・店内

混雑した店内。涼子、仲介者Bほか仲介者達が忙しそうに当事者達の対応をしている。
窓口の一つで男子中学生と老婆の話を聞きパソコンに入力する涼子。

男子中学生「僕座ってたんですけど、そしたらこの人が乗ってきて、でずっと立ってたから席譲ったんですよ、どうぞって、そしたら」

老婆「年寄りだから席譲るってあんたそれ年寄りバカにしてるっていうのが分かんないの?」

無言でパソコンに入力し続ける涼子。
その手が止まり、目をこする。
それを横の窓口から見る仲介者B。

〇同・控え室(夕方)

自分のロッカーの前で制服を脱いで私服になる涼子。
仲介者B、入室。

仲介者B「お疲れー」

涼子「お疲れ様です」

仲介者B、自分のロッカーの所に行き、開ける。

仲介者B「……調子悪い?」

涼子「いや、別に……」

涼子、鞄を持って出口の方に行く。

涼子「……昨日旦那の前でやっちゃったんですよパパっと裁判」

仲介者B「また?」

涼子「(振り向いて、自虐的な笑い)もうしないようにしようって思ってたんですけどね、またついカッとなって……」

〇会社・オフィス(夕方)

俊一を含む社員達が働いている。
部長、デスクでニヤニヤしながらパソコンを操作している。
俊一、自分のデスクから部長を遠目でチラッと見る。

〇郊外・通学路(夕方)

下校する治佳と真波。
周囲にも下校中の小学生達。

真波「でさそしたら雄太がね家に取ってくるとか言ってまた帰ってそれでどうしたらいいか分かんないから五分くらい待ってたらダッシュで戻ってきて」

真波の話を微笑んで聞いている治佳。
二人、団地の近くまで来る。

真波「じゃあね」

真波、団地に続く脇道で治佳と別れる。

治佳「うん、じゃあ」

数分後。一人で歩く治佳。そこに浴びせられるフラッシュ。目の前にカメラを持った不審者が立っている。

不審者「ね、何年生?」

治佳、ニヤッと笑う。

治佳「六年生」

不審者「そっか……ね、ちょっと来てくんない?」

治佳「……いいですよ」

前を歩く不審者とその十・五メートル程後ろを付いていく治佳。周囲の小学生達は特に怪しんでいない。

〇郊外・路上(夕方)

歩き続けるうちに他の小学生はいなくなり、不審者と治佳だけになる。
不審者、ちょくちょく後ろを振り返っては治佳を見て、歩く速さが遅くなり、最終的には治佳と横並びになる。
治佳、周囲を目でキョロキョロしながら歩く。向こうに超簡易裁判所4の店舗が見える。
超簡易裁判所4の真横に来た時、治佳、店舗の扉を開け、同時に不審者の手首を掴む。店舗の中でパソコンを打っていた仲介者D、店の中から不審者と治佳を見上げる。

仲介者D「いらっしゃ……」

治佳「すいません、大人一人子供一人」

不審者「えっ」

治佳「(不審者に・ボソッと)来てくれたら学校には言わない」

目を見開く不審者。

〇超簡易裁判所4・店内(夕方)

窓口に座る治佳と不審者。向こう側でパソコンに入力している仲介者D。

仲介者D「で、どうされました……?」

治佳「この人に急に写真撮られて、で、ちょっと来いとか言われて」

仲介者D「(不審者に)そうなんですか?」

不審者「いや……はい」

仲介者D「誘拐を?」

不審者「いえ……」

治佳「だからその、精神的苦痛とか……」

〇松永家・真波の部屋(夕方)

椅子にだらしなく座る真波、真顔でスマホを操作し、パパっと裁判の最新の案件がリアルタイムで表示されているページに行く。
スマホ画面「新着 100件」
真波、画面をスクロール、その中の一件が目に留まる。
スマホ画面「16:20 東京都府中市小柳町 大人一人 子供一人」
真波「近っ」
案件を選択する真波。
スマホ画面「16:20 東京都府中市小柳町 大人一人 子供一人 路上にて、お客様Aがお客様1を無許可でカメラ撮影、さらに「何年生?」「一緒に来い」などと声をかけ、お客様1を同行させたもの。なお、中途で超簡易裁判所に駆け込んだため、お客様1は無事だった。以下、双方のご主張内容 お客様A 三五歳・男性・会社員 お客様1をカメラ撮影したのは確かだが、ネット上に公開する意図などは無く、個人で楽しむつもりだった。また、同行についても誘拐する意図などは無く、お客様1に拒否する素振りが無かったので問題は無いと思っていた お客様1 十二歳・女性・小学生 カメラ撮影への抗議や同行の強要の拒否については、恐怖から言い出す勇気が無くなってしまった」
真波、読みながらページを下に進めていく。
スマホ画面「非があると思う方に投票しよう お客様A お客様1」
真波、即決でお客様Aを選択。画面が切り替わる。
ケータイ画面「投票ありがとうございました! 全国のコンビニエンスストア、書店、ドラッグストア、ファミリーレストランなどでお使いいただけるクーポンのプレゼント! クーポン番号KO5k6fD8d1m」
真波、スマホをスリープにし、不審そうな顔をする。

〇超簡易裁判所4・店内(夕方)

レシートを持った不審者、足早に店を出る。
窓口に座ったままレシートと七百円を財布にしまう治佳。

仲介者D「学校とか……」

治佳「え?」

仲介者D「お家の人には?」

治佳「あ、大丈夫です、言っとくんで」

〇木野家・玄関(夕方)

治佳、帰宅。

治佳「(小声で)ただいまー」

〇同・リビング(夕方→夜)

ソファーに座り録画したテレビを見ている涼子。
リビングに来る治佳。

治佳「ただいま」

涼子「あ、おかえり」

涼子、またテレビを見る。
治佳、壁の時計を見る。
時計は五時二十三分を指している。
玄関の方で鍵が開く音。

俊一(声)「ただいまー」

涼子「おかえりなさい」

涼子、テレビを一時停止して玄関の方に行く。
俊一と俊一の会社カバンを持った涼子が戻ってくる。

俊一「ただいま」

治佳「うん、おかえり」

俊一、治佳がランドセルを背負いっぱなしなのに気付く。

俊一「お前、今帰ってきたの?」

治佳「ん……(曖昧な返事)」

治佳、自分の部屋に行く。
それを黙って見る俊一。
夜。夕食後。
涼子、奥の台所で皿を洗っている。
テーブルに着いた治佳、スマホでパパっと裁判の投票をしている。
俊一、テーブルの向かい側ででお茶を飲んでいる。

俊一「なあ」

治佳「(スマホを見ながら)何」

俊一「学校楽しいか」

治佳「何で」

俊一「友達とか、どうなんだ」

治佳「どうなんだって何」

俊一「いるのか」

治佳「いるよ別に、(スマホから目を外し俊一を見て)何、急に」

俊一「いや、何、こう……お前にはああいう事に楽しさを見出して欲しくないのよ」

治佳「何で」

俊一「あいつはあれを仕事にしてるから簡単に勝てるし、勝てるから簡単にああいう事するけど、そういうためにあるものじゃないからな本来あれは」

治佳「分かってるよそんな事は」

俊一「……やめといた方がいいと思うぞ」

治佳「もう遅いよお父さん」

〇小学校・六―二教室→廊下(夕方)

帰りの学活。
担任、教室前方窓側の机に座っている。
代表委員の男子・女子が前に立っている。

代表委員の男子・女子「係から何か連絡はありますか」

治佳、席に座り一人ニヤニヤしている。
真波、治佳の後方の離れた席で他の女子生徒と小声で喋っているがふとニヤニヤする治佳が目に入る。

担任「無いかな、じゃああいさつお願いします」

代表委員の男子・女子「立ってください」

生徒一同、起立。

代表委員の男子・女子「さようなら」

生徒一同「さようなら」

生徒一同、礼。ランドセルを背負って数人で固まって下校していく。
治佳もランドセルを背負って一人廊下に出る。
真波、治佳に後ろから近付く。

真波「わっ」

治佳、ビクッとして振り返る。

治佳「何……?」

真波「帰ろ、一緒に」

治佳「あっゴメン、今日行かなきゃいけないとこあるんだ。ホント、ゴメンね」

治佳、廊下を歩いていく。
その背中を見つめる真波。

〇超簡易裁判所2・控え室(夕方)

制服の仲介者B、椅子に座りスマホを操作している。
制服の涼子が入ってくる。

仲介者B「お疲れー」

涼子「お疲れ様です」

涼子、自分のロッカーの前に立ち制服を脱いで私服になる。

涼子「今日もですか」

仲介者B「うん、最近特にお客さん多くてさ」

涼子「すいません、あんま残れなくて」

仲介者B「いや、私もそんな別に毎日でもないし。そもそも好きでやってんだし、木野さんはご家族といる時間減らさない方がいいって」

仲介者B、言いながらパパっと裁判のページが表示されていたスマホをスリープにしてポッケにしまう。

〇電車内(夕方)

座席の埋まった車内。
治佳、ドア脇に寄りかかって立っている。

〇駅前(夕方)

人混み。
仁王立ちの治佳、行き交う人々を目で追う。
向こうから疲れきったサラリーマンCがヨロヨロ歩いてくる。
治佳、サラリーマンCに目を付け、歩き出し、すれ違う時に自分の肩をサラリーマンCの腕にわざと(且つさりげなく)ぶつける。
治佳、立ち止まって振り返る。

治佳「あの、今……」

サラリーマンC、不審そうに振り返って治佳を見る。

治佳「今、ぶつかっ……」

サラリーマンC「あ、すいません」

サラリーマンC、頭を下げ、また歩き出す。
その背中を見つめる治佳、残念そうな顔をしてからまた歩き出す。
人混みを目をキョロキョロしながら歩く治佳。
向こうからバッグを持って着飾った三十がらみの女性が早歩きで来る。
治佳、女性が目に入り、早歩きになって、すれ違う時に自分の肩を女性のバッグにわざと(且つさりげなく)ぶつける。
治佳、振り返る。

治佳「あの」

それとほぼ同時に女性も振り返る。

女性「ごめんなさい、大丈夫ですか?」

治佳「えっ……あっ、はい」

女性「ごめんなさい」

女性、また早歩きでさっさと歩き出す。
その背中を見つめる治佳、残念そうな顔をしてからまた歩き出す。
人混みをトボトボ(でも前を見て目をキョロキョロしながら)歩く治佳。
向こうに超簡易裁判所2、その手前にコンビニが見える。
コンビニ前、イヤホンで音楽を聴きながらスマホを操作する女子高生。
治佳、女子高生を見てニヤッと笑う。
女子高生、スマホをポッケにしまい、
音楽を聴きながらこちらへ歩き出す。
治佳、早歩きになり、すれ違う時に自分の肩を女子高生の肩にわざとぶつける。
女子高生、イヤホンを外しながら振り返って治佳を睨む。
治佳、既に振り返って女子高生を見ている。

治佳「あの今、ぶつかりましたよね」

女子高生「あ? いやあなたがぶつかったんじゃないんすか」

治佳「いやあなたですよね、しかもそうやって私のせいにしようとしてますよね」

女子高生、呆れてイヤホンを付け向こうに行こうとする。

治佳「(周囲に大声で)誰かー! この人」

女子高生「(慌てて)あっちょっと! お前いい加減にしろよ、絶対そっちだかんな」

治佳「(超簡易裁判所2を見て)じゃあ決めてもらいましょうよ」

女子高生「……いいけど」

〇超簡易裁判所2・店内(夕方)

混雑した店内。仲介者Bほか仲介者達が忙しそうに当事者達の対応をしている。窓口が空くのを待ってソファーに座っている当事者も大勢いる。涼子はいない。
女子高生、店の中心にあるテーブルの方に行く。治佳続く。テーブルの上に小さな機械が置かれている。
女子高生が機械のボタンを押すと番号の印刷されたレシートっぽい紙が出てきて、ちぎって取る。

女子高生「(紙と窓口を交互に見て)あー、やっぱ混んでるなー、ほら」

女子高生、治佳に紙を見せる。256と印刷してある。
治佳、窓口の方を見る。窓口それぞれの電光掲示板に数字が表示されているが、全てまだ240番台。
治佳と女子高生、ソファーに座って順番を待つ。しばらくの無言。

女子高生「……これが初めて?」

治佳「え?」

女子高生「パパっと裁判」

治佳「……二回目」

女子高生「じゃあ一番楽しい時だ」

治佳「え?」

機械アナウンス(声)「にひゃく、ごじゅう、ろくばんの、かーどを、おもちの、おきゃくさま、さんばんの、まどぐちまで、おこし、ください」

治佳と女子高生、立ち上がって仲介者Bのいる窓口に行き、座る。

仲介者B「今日はどうされました」

治佳「えっと……」

女子高生「そこのセブンの前で……この人がぶつかってきたんですけど、この人は私がぶつかってきたって言うんです」

仲介者B「なるほど……(パソコンに入力、治佳に)そうなんですか?」

治佳「あっ、はい」

仲介者B「そうですかぁ……」

女子高生「あの、こういう、判定しようの無い時って、結局どっちが若いとか、そうういう事で決まるんですよね、結局」

仲介者B「まああんまり大きい声では言えないですけどそうなっちゃいますね、どっちに同情できるかっていう。あとは」

女子高生「あとは何ですか」

仲介者B「どっちが先に吹っ掛けてきたか、とか」

治佳「……」

仲介者B「でどっちですか」

治佳「……わた」

女子高生「私です」

治佳、女子高生を見る。

女子高生「私が先に『今ぶつかったでしょ』って言って」

仲介者B「あ、そうですか」

〇木野家・リビング(夕方)

奥の台所でニンジンを切っている涼子。
壁の時計は五時二十九分を指している。
玄関の方で鍵が開く音。

俊一(声)「ただいまー」

涼子「おかえりなさい」

涼子、包丁を置いて水道で手を洗い玄関の方に行く。
俊一と俊一の会社カバンを持った涼子が戻ってくる。

俊一「あいつは? 部屋?」

涼子「いや、まだだけど」

俊一、涼子をキッと睨む。

〇超簡易裁判所2・店内(夕方)

仲介者Bから受け取った七百円を財布にしまう治佳。

仲介者B「こちらレシートになります」

仲介者B、治佳と女子高生にレシートを渡す。

女子高生「じゃあね」

女子高生、レシート片手に爽やかに店を出る。
治佳、俯いてレシートも財布にしまう。
仲介者B、治佳を悲しそうに見る。

〇電車内(夕方)

満員電車。座席の端で小さく座っている治佳。

〇木野家・玄関(夕方)

治佳帰宅。

治佳「(ボソッと)ただいまー」

〇同・リビング(夕方)

玄関から来る治佳。
テーブルに険しい表情の俊一とすすり泣く涼子。
治佳、言葉を失う。

俊一「おかえり」

治佳「あっ、ただい……」

俊一「でもまたすぐ出るからな」

治佳「え?」

俊一「ランドセル置いてこい」

〇道中・車内(夕方)

すすり泣きながら運転する涼子。
助手席でずっと窓の外を見る俊一。
後部座席に真顔の治佳。

〇超簡易裁判所2・店内(夜)

客のいない店内。仲介者Bだけが窓口でパソコンを操作している。
俊一、涼子、治佳、来店。

仲介者B「いらっしゃいま……(三人を見て固まる)」

涼子「ごめん、成田さん、そこ開けて下さい」

仲介者B、窓口の仕切りを開ける。

涼子、仕切りを通って窓口の向こう側に行き、席に座る。

仲介者B「その子は……?」

涼子「……娘です」

仲介者B「……頑張って」

仲介者B、「STAFF ONLY」のドアから控え室に引っ込む。

涼子「どうぞ、座って」

俊一と治佳、窓口の前に座る。
俊一、千円を涼子に払う。

涼子「今日はどうされましたか」

俊一「娘が自分の楽しみのためにパパっと裁判をやっているんです」

涼子、パソコンに入力し始める。

治佳「……皆やってることです。なぜ私だけが責められないといけないんですか」

俊一「皆やってるからこそ娘にはやって欲しくない」

涼子、パソコンを操作する手を止めて俊一を見る。

治佳「嫌です。だって友達との話題とか」

俊一「いいえ、娘は自分の楽しみのためにやっています。友達のために時間を使うような子じゃありません」

治佳「……でもじゃあ、楽しいと思えた事をやめたくありません」

しばらく無言。

涼子「……他に何かありますか?」

〇同・控え室(夜)

スマホを操作する仲介者B。パパっと裁判の最新の案件がリアルタイムで表示されているページを見ている。
スマホ画面「新着 100件」
仲介者B、一番上に出ていた案件を選択。
スマホ画面「19:20 東京都国分寺市本町 大人一人 子供一人 お客様Aが自分の楽しみのためにパパっと裁判で投票したり他人を訴え、お客様Aの父親であるお客様1がやめるように言った所、お客様Aがこれを拒否したもの。以下、双方のご主張内容……」

〇会社・オフィス(夜)

数人の社員が残業している。
部長、デスクのパソコンで仲介者Bと同じ案件を真顔で読んでいる。
パソコン画面「お客様1 四十歳・男性・会社員 パパっと裁判は娯楽ではない。ストレス解消のためだけに他人に口論を吹っ掛けたり、他人同士の口論の勝敗を判断するべきではない……」

〇松永家・真波の部屋(夜)

椅子にだらしなく座る真波、スマホで仲介者Bや部長と同じ案件を真顔で読んでいる。
スマホ画面「お客様A 十二歳・女性・小学生 パパっと裁判は本来人々のストレスを減らすための制度であり、自分の楽しみのためにパパっと裁判を利用するのは何ら間違った事ではない。それに自分が一度楽しいと思った事をやめるのは大変に苦しいことである」

真波、画面を読み進める。
スマホ画面「非があると思う方に投票しよう お客様A お客様1」
真波、少し迷ってお客様1を選択。

〇会社・オフィス(夜)

部長、お客様1を選択。

〇超簡易裁判所2・控え室(夜)

仲介者B、お客様1を選択。

〇同・店内(夜)

投票結果を待つ俊一、涼子、治佳。
パソコンからピピピっと音が鳴る。

涼子「(パソコンを見て)やっぱり皆、自分の楽しみを取られたくないんだよ」

俊一「(笑って)そうか……じゃあおかしいのは世の中じゃなくて俺の方なんだな」

治佳「……」

俊一「帰ろうか」

〇道中・車内(夜)

運転席に涼子、助手席に俊一、後部座席に治佳。全員真顔。

治佳「……ねえ」

無反応。

治佳「今度また、どっか食べ行きたい」

涼子「……ごめんなさい」

〇会社・オフィス(朝)

出社する俊一。他の社員も半分程度が既に来ている。

俊一「おはようございます」

デスクで書類を読んでいた部長、顔を上げる。

部長「(よそよそしく)おっ、おはよう」

〇超簡易裁判所2・控え室

制服で何もせず座っている仲介者B。
私服の涼子が入ってくる。

涼子「お疲れ様です」

仲介者B「あ……お疲れ」

涼子「昨日はすいませんでした何か」

仲介者B「いやそんな全然、うん……」

涼子「家族といる時間、今度はちゃんと過ごしてみようと思います」

〇郊外・通学路(夕方)

無言で下校する治佳と真波。
周囲にも下校中の小学生達。

治佳「……あの」

真波「ねえ」

治佳「え?」

〇木野家・玄関(夕方)

涼子、食材の入ったエコバッグを両手に持って無言で帰宅。
廊下の向こうから治佳が顔を出す。

治佳「おかえり」

涼子「…ただいま」

治佳、涼子のエコバッグを一つ受け取り、二人でリビングに行く。

〇同・リビング(夕方)

テーブルを囲んで夕食を食べる俊一、涼子、治佳。

治佳「……あ、そういえば」

涼子「何?」

治佳「明日、帰り遅くなる」

俊一「何で」

治佳「遊びに行くの、友達と」

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